2013.05.13  無自覚だから仕方ない




冬季名物青黒だんご湯あたりには注意しましょう。お食事中はお静かに。寝相なら仕方ないのオマケです。



真夜中のコイバナ〜被害者の集い〜



「…寝た?」
「……寝たな」

壁際で眠る黒子を人目から隠すように、大きな背中をこちらに向けて眠った青峰の、その確かな寝息を確認してからのことである。
残るメンツの半分は寝静まり、あとの半分はなんとなく眠れない者同士声を落とし、ぽそぽそと会話を楽しむ様子。
その後者に含まれる、火神を含む新二学年連中は青峰たちと同じ列の隅っこで、なにやら内緒話に興じていた。
口火を切ったのは、話し好きかつからかい好きに定評のある高尾である。

「で?実際のとこどうなの、あの二人。黄瀬君なら詳しいんじゃないの?」

うりうり、と根っから楽しむ気満々で黄瀬の腕を加減した肘でぐりぐりとしながら、ニィと口角を吊り上げる。
吊り気味の目が三日月を描いて、実に楽しげで悪そうな表情だ。
そんな高尾に苦笑をひとつ、周りに集まった連中もなんだかんだと興味津々な様子だったせいもあってか、黄瀬は案外気易く口を開いた。

「んー…黒子っちの方は全然読めないんスけど、青峰っちの方はたぶん自覚あり…つか、種類はわかんないけど確信犯なんじゃないスかね」
「お、やっぱそう?そう思う?」

ぐっと身を乗り出した高尾が楽しそうに問いを重ねるのに、黄瀬は「楽しそうスね」と笑った。
いくらか考えるそぶりを見せて、黄瀬は言葉を選ぶ。

「…青峰っちが、自分の中の黒子っちに対する独占欲がどういう意味合いのものだか気付いてんのかどうかは微妙っスけど。勘がいいくせにニブいから」

確かに、と言わんばかりに深く頷くのは緑間だ。
彼は黄瀬がバスケ部に加入するよりも以前からあの二人に振り回されてきたうちの一人である。
長いことあの二人を見ていれば、いくら硬そうに見える緑間でもあれやこれやの関係は見えてくるのだろう。

「周りへの牽制と、黒子っちへの刷り込みが目的かなーって。あの人ナワバリ荒らされんの嫌いっスから」
「ナワバリ?」
「そ。身内って言うのかな、懐に抱き込んだ人間を傷つけていいのは自分だけだと思ってるし、他人が傷つけることは極端に嫌うんスよ。そゆとこ赤司っちと似てるっスね」
「あー……」

赤司の名に、今度は火神も頷いた。
初対面が初対面だっただけにウィンターカップで決勝を争うまではまったく人物像が掴めなかった赤司だが、火神を認めた後の彼の態度の軟化は実にわかりやすかった。
聞けば中学の頃からずっと、友人、身内と認めた人間には基本的には甘かったという赤司だ。
その枠の中に火神も組み込まれたのだろう、今回の合宿でもその恩恵に預かっている。主に、自腹を割かなくとも腹いっぱい食べられる、という点で。

「オレら全員…、桃っちのことも、そういう括りん中に入れてくれてるんだと思うんスけど。オレらがみんなそうであるように、青峰っちにとってもやっぱり黒子っちは特別だから」
「…オレは黒子を特別扱いしているつもりなどないのだよ」
「まったまたー!真ちゃん最初っからあんなに意識してたくせに何言ってんの〜」
「話の腰を折るんじゃないのだよ高尾!」
「いやいや先に腰折ったの真ちゃんっしょ!」

ぶひゃひゃひゃ、と音にはせずに涙目で笑い転げる様にいい加減いらついたのか、高尾の腹めがけて珍しく緑間の拳が飛ぶ。
その手を軽々受け止めて、「シューターは手が命でしょ〜」と労わってみせるのが高尾和成16歳、ハイスペックここに極まれりだ。
緑間が悔しげに歯噛みしている。
眺めるともなしにその二人を眺めて溜息を吐いてから、黄瀬が続けた。

「青峰っちにしてはずいぶんどーんと構えてるっていうか、自分もよくわかってないからかもしれないっスけど、余計な気負いがないっていうか…たぶん、黒子っちが自然と自覚するの待ってるんだと思うんスよ。まあ、最終的には自分に落ちるっていう絶対の自信があるんだと思うと、ほんっと憎たらしいんスけど」

敵わない、と言いたげな黄瀬の苦笑は、それでも慈愛に満ちていた。
つまらない日常に光を射してくれた青峰のことも、その青峰の対であった黒子も、黄瀬にとっては特別の特別だ。
その二人が離れてしまったときには、誰より歯がゆい思いをしたに違いない。
やっとのことで二人がその仲を以前のように戻してから、黄瀬は何かにつけて二人を構い倒している。
邪魔をするように見えて実はそっと背中を押している、それができるのは二人ともにわんこ扱いされて可愛がられている黄瀬をおいて他にない。

「下手に周りが騒いじゃうと、ダメになっちゃうことってあるじゃないスか。だからあの二人にはゆっくり気付いてほしいんス。……また辛い思いしてほしくないしね」

つきりと胸の奥が痛むような表情を見せるのは、過去を思い出すからだろうか。
それを一呼吸で綺麗に消し去ると、黄瀬はヘーゼルの瞳を悪戯に細めて火神を見遣る。

「でも実際のとこ、火神っちが新しい光だって聞かされたときはほんと心中穏やかじゃなかったと思うっスよ。ありえねえくらい荒れてたっスもん。それ考えたら、最初青峰っちが火神っちんとこに現れたとき、よくあんだけで済んだなってちょっとびっくりしたくらいなんスけどね」
「あれだけって…初対面でこてんぱんにやられてこれでも一応へこんだんだぞオレは」
「は?そんなタマじゃないっしょあんた」
「っせーな。まーでも気持ちいいくらいに完敗だったしな、態度は気に食わなかったけど。黒子の目も曇ったとかなんとか、そっか、あれは嫉妬してたのか」
「まーそりゃそうっしょ。あんだけ一緒にいるのが当たり前だった相手と離れちゃってグレちゃってるとこに、その相手が他のヤツ見つけてきたなんて、焦っちゃうじゃないっスか」
「……その焦りの結果があの八つ当たりだって?」

巻き込まれ損じゃねえか、と胡乱げな眼差しを向ける火神に頬杖をついた黄瀬が笑う。

「ゴシューショーサマデシタ?」
「思ってもねえくせに」
「ま、火神っちのせいでオレもフラれてるっスから」

おあいこってことで。
誠凜に乗り込んできた日のことを言う黄瀬に、フンと火神が鼻を鳴らした。
黒子の青峰に対する執着は並々ならぬものがあると思っていたが、青峰の、それからキセキ連中の黒子に対する執着もまた然りだ。
光と影は、ふたつでひとつ。
どちらかひとつきりでは存在できないから、互いを求めて惹かれ合うのだと思う。
馬鹿みたいに周りを巻き込むのは正直勘弁してほしいが。

「…ってことは現状、青峰がしびれ切らすのが先か、テッちゃんが自覚すんのが先かってこと?」
「そういうことになるっスねぇ」
「まったく手がかかる奴らなのだよ」
「…ま、ここまで来たら仕方ねえから、見守ってやろうじゃねーの」

わかんねーぐれえがおもしれえ。
そう締めくくった火神に、「だから先は見えてるんスよ」「そうそう」と黄瀬と降旗のコンビが再び茶々を入れて、局地的な枕投げが発生したとかしないとか。
この夜発足した各校有志による「青峰と黒子を見守る会」は、どこまで傍迷惑な無自覚バカップルに振り回されていくのやら。

春を待つ夜の帳は、ゆっくりと裾野を明かしていく。
穏やかな温もりに愛され、だいじにだいじに守られた蕾は、花開く日を待つばかりだ。




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