2013.05.13  寝相なら仕方ない




冬季名物青黒だんご湯あたりには注意しましょう。お食事中はお静かに。の続きです。
これで完結おやすみ編。



めいっぱいしごかれ、風呂に入って疲れと汗を流し、腹も膨れ、とろとろと瞼の落ちるころ。
せっかくの他校連中との集まりとは言えど、遊びでもないのに枕投げに興じる余裕はない。
バレたが最後、翌日のしごきは鬼でも泣き出すことになる。
健全な青少年たちはただひたすら体力の回復に努めるべく、大人しく寝床へと向かっていた。

「あー、食った食った!とっとと寝ねぇと明日もきちぃよなあ…なー、真ちゃん」
「フン、この程度で音を上げるなどだらしがないのだよ高尾」

ぽん、と鍛えられた腹を調子よく叩きながら、高尾が傍らの緑間を見上げる。
向けられた視線には目もくれず、かちゃりと眼鏡を押し上げるのが緑間のポーズだ。見慣れたそれに高尾が腹を立てることはない。
腹を立てるどころか、にかっと笑って痛いところを面白おかしくつついてみるのが高尾和成という男である。

「無理すんなっつの!真ちゃんだってさっき茶ぁ飲みながらうつらうつら船漕いでたろ!」
「なっ、み、見間違いなのだよ!」

図星だったか、わたわたと俄かに慌てだす様子がいつもの緑間らしくない。
さすがのバケモノキセキでもカントクのしごきは堪えたか、と口元に苦笑を刻む火神だ。
前を行く二人のやり取りを眺めながら後列を歩くのが、火神に降旗、そして黄瀬である。
ビビリでありつつも一度打ち解けた相手には尻込みしない降旗が三人の真ん中を歩いているから、見事な凹型になっているのは更に後ろを歩く桜井と若松だけが知る秘密だ。笑ってはいけない。

「…そういえば、大部屋なんスよね?寝るとこって」
「あ、うん、カントクがそんなこと言ってた。個室は各校の監督たちと女性陣とでいっぱいだって」

ふと思い出したように黄瀬が言うと、隣を歩く降旗が一番に反応した。
それを聞いた火神が少しばかり眉根を寄せ、わずかに唇をとがらせたよう。

「んじゃさっさと場所取りしねぇとな。オレあんまり人に囲まれて寝るのって好きじゃねーんだけど…」
「普段は図太いくせにさ、妙なとこで神経質だよね火神って」
「こんなことで火神っちと意見が合うとかなんかイヤっス…」
「フリ、黄瀬、ちょっと一発殴らせろ」
「やだよ」「イヤっスよ」
「おまえらな…!」

慣れた相手には案外辛辣、黄瀬と降旗のコンビにテンポ良くからかわれている火神を高尾が笑う。
疲れが一周回って若干ハイテンションになっているらしい高尾のけらけらと高い笑い声が耳に響いたのか、緑間が顔をしかめて制した。

「少しはその笑い上戸をどうにかするのだよ高尾」
「ぶはっ、はは、ゴメン真ちゃん怒んなよ〜」

さして悪いとも思っていないだろう表情で高尾が形ばかり詫びてみせれば、緑間は納得のいかない表情を浮かべつつも眼鏡を押し上げる。
それが彼の首肯の代わりだと知っている高尾は、今度はくくっと低く笑いながら緑間の背をぽふりと一度だけ叩いた。「ゴメン」の合図だ。緑間も知っている。
その後にはフン、と顔を背けるのがツンデレな彼のお決まりで、二人の間ではすっかり日常になった一連の流れだった。

「あ、あそこじゃないスか、葵の間!」
「おー、っぽいな!」

黄瀬の指差す先に、木目美しい檜の格子造りと、色鮮やかながらも控えめで楚々とした模様が手漉き和紙に映える、見目良い障子が見えている。
靴箱の置かれた入口には生け花も飾られていて、心くすぐられる趣きだ。
宿側の精一杯の心遣いは部活漬けの高校生にはいささか勿体ない気がしないでもないのだが、そこは根回ししてくれた赤司に甘えよう。
目的地が近付くとつい疲れを忘れて早足になってしまう習性は、世界各国共通だろうか。
一行がぺたぺたと鳴らすスリッパがわずかに速度を増して、その一番を競い合う。
決して態度にも言葉にも出ない水面下の争いを制したのは、呆れた緑間と笑い上戸で早々に戦線離脱した高尾を追い抜いたモデル様であった。


「よーっし、一番の―――…り、じゃなかったみたいっスね…」

すぱぁん、と小気味よい音を立てて襖を開いた黄瀬が、なぜだかそのまま意気消沈する。
その理由を正しく悟って、後に続く火神以下一行は「またか」と小さく溜息を吐いた。

広い部屋に縦に四つ、あとは一定間隔を空けて横にずらりと並べられた布団たちの、一番奥の一番隅。
夕食の後で姿の見えなくなった彼ら二人―――青峰と黒子が陣取っていた。
当然、黒子が一番奥でその手前に青峰が寝そべっているのは、「テツの寝顔をおまえらなんかに見せてやるものか」という青峰の意思表示に他ならない。
それくらいの独占欲は、もはや言われなくても顔に書いてあるからわかる。
この一日で皆ずいぶんと青峰翻訳機としての機能を上げてしまったようだと人知れず嘆息して、一行は寝床となる大広間に足を踏み入れた。
火神たちが部屋に入ったのを皮切りに、続々と他の面々も集まってくる。
どうやら青峰と黒子二人きりの部屋に入れずにいた連中が、我先にと寝床の確保に走るらしい。
新三年生の先輩方は当然ながら二人とは一番離れた対角線である。
できれば同じように離れた場所で眠りたかったが、日本の部活動における年功序列は絶対だ。
合宿はまだ続くのだから、離れる機会はいくらでもあろう。というか、あの二人に個室を用意してくれるよう皆揃って嘆願書でも出せばいい。
今日だけの辛抱、とばかりに青峰の近くに向かった火神たちだが、予想に反して二人からのリアクションは薄かった。
というより、皆無である。

それもそのはず。
仰向けに寝転んだ青峰の腹に頭を預け、黒子はのんびりと読書にふけっていた。
ちょうど人文字でカタカナの「ト」の字を書くような体勢だ。
青峰は青峰で黒子の重さなど屁でもないのだろう、鍛えた腹筋を惜しげもなく貸し出して、いつの間に手に入れたのか愛読雑誌の最新号をしげしげと眺め、グラビア相手に何やらぶつぶつと呟いている。
寄せ方が足りないだとかこれはニセモノだとか、相変わらず女性の胸にしか興味がないらしい。
確実に耳に入っているだろう青峰の呟きを聞き流しているのか聞こえていないのか、黒子の表情は涼やかだ。
彼の手にあるのは火神にとってはあまり有り難くないホラー物である。
難しい漢字が多くて読めないから、黒子の機嫌を損ねて音読でもされない限り実質的な被害はないが。

趣味に耽っているとき、人間は多少の周囲の雑音はシャットアウトできるものだ。この二人も例外ではないらしい。
どう考えても対曲線にあるものを読んでいるくせに、そこに不協和音は感じられなかった。
二人とも、良くも悪くもマイペースだ。しっかりべったりくっついているのにさえ目を瞑れば、普通の光景と言えなくもない。
距離が近すぎるのにはもう慣れた。いちいち突っ込んだりもしない。
そのうちに黒子の方が火神たちの存在に気付いて、おかえりなさい、と小さく挨拶をくれた。

「ごはん、美味しかったですね」
「おー…、カントクに無理やり食わされた分は消化できたのかよ」
「はあ、おかげさまで。青峰君からの貢物もありますしね」

ひょいと黒子が指差すのはすぐそばにある青いラベルの清涼飲料水だ。
空になったのが一本、ちょっとばかり減ったのが一本、封の開いていないのが一本の計三本が布団の脇に転がっている。
宿には各所に自販機が備え付けられていて、けれど確か夕食会場の近くの自販機ではこの清涼飲料水は売り切れていたはずだから、入口付近までわざわざ買いに走ったのだろうか。
黒子は「青峰からの貢物」と言ったから、金の出所も彼のはずだ。
そもそも、カントクからこれだけは自力で食えと押しつけられた白飯をどうにか腹に収めた黒子が食後すぐに動けるはずもなく、「外の空気を吸わせてくる」と青峰がおぶって二人で会場を出て行ったのだ。
甲斐甲斐しいというかなんというか、青峰の黒子に対する健気さにはいっそ泣けてくる。

「テーツ、それ取って」
「はい、どうぞ。でもさっきみたいに零さないでくださいね」
「わかってんよ、悪かったって」

青峰に請われて黒子が手渡すのは飲みかけのペットボトルで、ああこいつら一本を回し飲みしてんのか、と火神が少々遠い目になった。
腹いっぱい食わされてしんどいはずの黒子がペットボトル一本を飲みきれるはずがないと訝しく思ってはいたのだけれど、飲んだのが青峰なら何も不思議はない。
飲み終わった青峰はペットボトルを放るでもなく黒子の手に返していて、黒子もまたそれを受け入れるからその夫婦ぶりたるや敵わない。
ギリギリと聞こえてくるのは黄瀬の歯ぎしりだろうか。
モデルとは思えぬ形相に、火神はそっと見なかったふりをした。
日本ではそれを「武士の情け」と言うのだと、まだアメリカにいた頃に兄貴分から習ったのを思い出す。



「…ふ、」

ふわ、と黒子の口から噛み殺しそこねた小さな欠伸が漏れた。
気が付いた青峰が読んでいた雑誌をぱたんと閉じて、黒子の手からも文庫本を取り上げる。
しおりはきっちり、黒子の読んでいたページに挟まれて。

「青峰君」

読書を中断された黒子から咎める声が上がって、眠たげに緩んだ水色が青峰を追う。
受け止める青峰の目は悪戯に和らいで、なんだかもうその視線そのものが甘ったるくてどうしようもない。

「だーめ。眠ィんだろ。おまえ、本読んでると眠くても続き追っちまうから没収な」

いい子で寝ろ、とぽふりぽふり、青峰が黒子の頭をやんわり叩く。
少々不満げにしていた黒子も眠気は隠せない事実のようで、大人しく青峰にされるがままになる。
人一倍体力のない黒子のことだ、今日は移動もあったことだし、さぞ疲れていたのだろう。
すぐにうとうとと船を漕ぎだした水色の頭を撫でる青峰の手つきは優しくて、黒子の安眠に一役買うようだ。
穏やかな黒子の呼吸が寝息のそれに変わるまで、大して時間はかからなかった。

「…黒子、寝たの」
「おー」

タイミングを見計らって降旗がおずおずと青峰に訊ねると、思いのほか穏やかな声音で応の返事がある。
一度眠ってしまえばちょっとやそっとじゃ黒子が起きないのを青峰もまた知っているから、むにむにとほっぺたを摘まんでみたり長めの睫毛を指先でくすぐってみたり、青峰は可愛いいたずらを繰り返す。
その表情も手つきもあまりに幸せそうだから、こっちまで赤面してしまいそうで目を逸らした。
腹の上ですっかり寝入ってしまった黒子の頭をそっと持ちあげて身を起こすと、青峰は黒子の身体を軽々と抱きあげて本来の寝床に横たえる。
しっかり肩まで布団をかけて、おまけとばかりに前髪を梳いてやる様はもはや友情の域を通り越しているように思えてならなかったが、抱き枕のように抱き込んで眠らないだけまだマシかと、この一日でずいぶん「マシ」のレベルが下がり果てた面々は見て見ぬふりだ。スルースキルは格段に上がっている。
これも「武士の情け」のひとつだろうかと、火神は少々見当違いなことを思いながらも。

やがて隣の布団に寝転んだ青峰は当然黒子の方を向いていて、その大きな背中の影に彼と比べれば小柄な黒子の身体はすっぽり隠れてしまう。
部屋に入って感じたときと同様、「自分以外が黒子の寝顔を見ることは許さない」という青峰の主張は誰の目にも明らかで、残った面々は「わかってます」と互いに目配せを交わし合うのだ。
二人が眠ってからの内緒話は、その場にいた者たちだけの秘密である。


* * *


「あ、起きたっスか火神っち」

おはよっス、とかかる声に、火神は寝不足でしぱしぱとする目をぼんやり擦った。
まだ静かな室内には、豪快な鼾も響いている。
誰の目覚ましも聞いていないから、たぶんまだ、起きるにはほんの少しだけ早いはず。

「おー…黄瀬か、はよ、今何時だ…?」
「シャキッとするっスよー、6時半っス!二度寝したら朝ごはん食いっぱぐれるっスよ」

黄瀬の返事を聞いて火神は一人納得する。
早朝のロードワークを日課にしているせいで、図らずともいつもの時間に目が醒めてしまったらしい。

「メシ食い損ねるとかねえよ、耐えらんねぇ…」

朝ごはん、という単語に反応してぐぅと鳴る素直な火神の腹に黄瀬が笑った。
昨夜あれだけ食べたのにもう腹が減るのかと問われて、夕飯と朝飯は別物だと火神が返す。
なにがおかしいのか、黄瀬はけたけたと声を殺して笑い続けていた。

初めはぼそぼそと声を潜めて会話していたのだが、7時に近付くにつれてだんだんと寝ている人間の方が減ってくる。
合宿に来てなおストイックな連中は朝5時には起きてロードワークに出かけた後だし、朝食は7時半、9時からはまたカントクのしごきが待っているのだ、腹が減っては戦もできぬ。
手分けしてまだ夢の中に逃げ込んでいる連中を起こして回っている最中、火神はふと青峰の眠る方に視線をやった。
寝返りをうったのかいつのまにやら眠ったときとは反対にこちら側に顔を向けている頭が、布団に埋もれて表情はわからぬものの覗いている。
当然ながら、彼はまだ夢の中だ。

違和感を感じたのはその向こう。

水色の髪をあちこち跳ねて、いっそ芸術的なほどの寝癖を晒す相棒の眠る布団が―――、もぬけの殻だった。
使った形跡はある。ちょうど人ひとり抜け出したようにぽかりと布団が口を開けていて、けれど寝巻が畳まれているわけでもなければ起きた連中の中に混じっているわけでもない。
体力のない黒子が合宿中にロードワークに出るわけがないし、そもそもあの青峰が黒子が抜け出すのに気が付かないはずはない、そう思うのだが。

「なあ黄瀬、黒子見たか?」
「へ?黒子っち?」

まだ天使の寝顔で寝てるんじゃないスか、と頭の痛いことを言いながら、同じく青峰の眠る方へ視線をやった黄瀬もまた違和感を感じたようで、お綺麗な顔の眉間にくっきりと皺が刻まれる。
気の置けない間柄においては黒子の寝起きが決して良くはないことを黄瀬も火神もよく知っている。
無意識に見せる甘えが彼に気を許されている証拠だと思えばなんともむず痒い気持ちになったりするのだが、今はそれだけに状況が解せなかった。

「…黒子っちがこんなに早くから起きてるとかありえねっス。あの人、目覚ましが鳴るまでは何が何でも寝るし…ましてや青峰っちが気付かないはずないんスけど」
「だよなあ。ロード行ったとは思えねえし、便所か、それとも洗面か…」
「オレ洗面見てくるんで、火神っちトイレ見てきてもらってもいいっスか」
「わかった」

万が一にもどこかで行き倒れてそのまま眠ってしまってでもいたら。
彼のことだ、夜中にトイレに起きてそのまま体力の限界を迎えて廊下で眠る…、なんてことが考えられなくもない。
他人には気を遣うくせに、自分のこととなると途端に物臭になるのが黒子テツヤという男なのだ。
少し離れた場所にある洗面にすっ飛ぶように走っていく黄瀬を見送って、火神もまたトイレの方へと足を向けた。
途中の廊下、曲がり角、ついでにどこか小柄な彼が寄り掛かれそうな場所、とくまなく目を向けてみるも、求める水色は見つからない。
行きついたトイレの個室までひとつひとつ確かめて、更に足を伸ばしてもう一つ先のトイレまで確かめる。やはり黒子の姿はなかった。


大部屋に戻ってみると、先に戻っていた黄瀬がすがるような目でこちらを見てくる。
その表情に彼もまた黒子を見つけられなかったのだと察して、火神は静かに首を振る。黄瀬のj顔が青ざめた。

「火神、テッちゃんいねえってマジ?」
「あ、おう…、とりあえず便所と洗面にはいねえみてーだ」

黄瀬から話を聞いたのか、高尾が眉を寄せて問うてくる。
火神の返答にそうかと神妙な顔つきで頷いて、しばし思案する様子。

「あああああ黒子っち…どこ行ったんスか黒子っち…黒子っちいぃ…どうしようどっかで眠り姫になっちゃってたら…悪い王子様でも来たらどうするんスかぁ…」
「……黄瀬君は気持ち悪いから放っとくとして…真ちゃん、心当たりとかねえの?」

くるりと振り返る高尾の視線の先、眼鏡がないのと寝足りないのとで眉間に皺が寄り、人相の悪くなった緑間が佇んでいた。
パステルカラーのナイトキャップとラッキーアイテムのかえるのぬいぐるみは可愛らしいが、それを持つのが身長190を超える年頃の大男ともなれば違和感と不信感たっぷりだ。
ぶほ、と朝から思わず噎せ返りそうになりながらも、火神もまた緑間に視線を向ける。
ぶつぶつと呪詛とも何ともつかぬ呟きを繰り返す暗黒面に落ちた黄瀬は綺麗に無視して、緑間は呆れ混じりに口を開いた。

「心当たりはなくもないのだよ。……というより、なぜおまえたちがまず思い至らないのかが不思議でならないが」

くい、といつもの眼鏡を直す癖で中指を持っていく仕草は、いつぞやの再放送で見た古畑なんとかに似ていたとかいないとか。
後から思い出した高尾が一頻り笑い転げることになるのだが、今の彼らはまだそんな未来を知らない。
勿体ぶるなと先を促せば、心底呆れたと言わんばかりの長い溜息がひとつ落ちる。

「……そこに、この騒がしさでもまだ図太く寝ている男が転がっているだろう、馬鹿どもめ」

言われて、もう何度も見遣ったはずの青峰の方へばっと一斉に視線を向ける。
そしてようやく、緑間が何を言いたいのかがわかった。
芸術的なトンネルの作られた黒子の布団にばかり目が行って、手前の青峰の布団はあまり目に入っていなかったのだが。
よく見れば青峰の布団の背中側が、不自然にもっふりと膨らんでいる。
あまり大きくはなく、けれど小さくもなく、青峰一人分にしてはちょっと多い。
例えればちょうど黒子一人分くらいのような―――

「あ、青峰!起きろ青峰!」
「んー…うっせ…」

駆け寄った火神が布団ごと揺さぶらんばかりの勢いで青峰の名前を呼ぶと、まだまだ寝足りないらしい青峰の顔がもぞもぞと布団に沈んでいく。
その前にその背中の膨らみを確かめさせろと火神は繰り返し青峰を揺り起こす。

「黒子!が!いねえんだよ!」
「ん?んー…テツ…?」

どんなときでも黒子の名前は効果抜群。
眠そうに不機嫌そうに、けれど青峰はうっすらと片目を開いて布団に埋もれていた顔を覗かせた。
なんてわかりやすい男なのか、思わずOMGと外人ばりに天を仰ぎたくなって、けれど今はそんな場合ではない。

「そうだよその黒子がいねえんだって!」

だからちょっと布団剥げ、と火神が命じるよりも先に、青峰が自ら動いた。

「ああ、また潜り込んでんだろ…背中あったけぇし」

ほら、とばさり、めくられる布団。
こんもりとしていた膨らみの正体が明らかになる。
窮屈そうに肩越しに振り返る青峰の背中にひっつき、顔を埋めて寝ているのは他でもない黒子であった。
相変わらず、見える限りでも寝ぐせはひどい。
呆然と言葉を失う火神やへなへなとしゃがみ込む黄瀬をよそに、寝起きの青峰がのんびりとした口調で語る。

「昔っから、寒ィとひっついてくんだよ……寝相みてぇなもんなんだろ」

ったく、仕方ねぇなあ。
そう文句を口にするくせに、その声音がやたらと甘く感じるのは錯覚だろうか。
もぞもぞと黒子を起こさないように静かに体勢を整えた青峰が、トレーナーの背中を掴む黒子の手をやけに自然で手馴れた様子で握ると自分の前に回し、後ろから抱きつくような格好を完成させる。
もちろん、黒子の手はしっかりと握ったまま離さない。
図体のでかい青峰の身体に腕を回すのはなかなか大変だろうに、黒子は起きる様子がないどころかすりと青峰の背中に頬を寄せて甘える有り様だ。
そのときの青峰の表情といったら、正直もう見ていられない。
くつくつと低く笑う振動がくすぐったいのか心地良いのか、むずがるような黒子の声に青峰の名前が混じる。

「ん、みね、く…」
「おー。ここにいっからよ」
「ん…」

ぎゅっと握った白い手を青峰の浅黒い手がゆっくりと撫でて、指を絡めていく。
安心したようにそれを受け入れる黒子の呼吸がまた深くなって、青峰も引きずられたようにそのまま眠りにおちていくのを、いったい誰が引きとめられただろうか。
甘ったるい空気に硬直する面々を捨て置いて、布団をかけ直してやる緑間はもはやお母さんだ。母は強し、並大抵のことでは動じない。

青峰の方が積極的に構っているように見えた二人の関係だが、ちゃんと黒子からも「構って」のサインが出されている。
時々は手厳しささえ窺わせていた黒子の青峰に対する態度も、甘え過ぎてしまわないための予防線だったのだろうか。
意識のない今は、素直さが前面に押し出されるらしい。

「……緑間、なあ、黒子って実はもう」
「それ以上は口にしない方が身のためなのだよ」

まだ気付くべきではないのだと、自分よりよほど二人との付き合いが長い緑間の言葉に、火神は頷いて口を噤む。
とりあえずはあとほんのわずかでも、彼らを眠らせてやるのが賢明だ。起きていては厄介事ばかり引き寄せる。
眠ってりゃ大人しいもんなのにな、と小さく溜息を吐く彼らはまだ、忍び寄る恐怖に気付けない。

鬼と化したリコが鍋を叩いて起こしに来るまで、残すところあと十五分。




<< Back