真っ赤な薔薇も
真っ赤なワインも
ケーキの上の真っ赤な苺も
あいつの赤には敵わない。


<Birthday Red Night>


「……あんた、どんだけ祝われたくねぇんだぁ…」

10月10日。
言わずと知れた御曹司の誕生日だ。
ザンザス自身は興味がないのか嫌っているのか、大して気に留めていないようだが、毎年何かしらを銘打って盛大なパーティーが催されていた。
ドン・ボンゴレの位が綱吉に移った後もその催しは受け継がれ、今年もまた巡ってきたのだった。
記憶が確かであれば、今年は綱吉の母親が洒落にならないほどでかいケーキを作るのだと張り切っていた気がする。
ヴァリアーの本部でも、今頃ルッスーリアがザンザスの好む物ばかりを用意していることだろう。
意外に好き嫌いの多いザンザスだ、料理ひとつに気合が入る。
…………だというのに、この男は。

「う゛お゛ぉい、そろそろ帰んねぇと本当に間に合わなくなるぞぉ?」
「うるせぇよ。目ぇ離してんじゃねぇ」

わざわざボスさんの見張りがいるほど難解な任務でもないんだが、と溜息をつきつつ、スクアーロは標的を見据えた。
怖々と辺りを窺いながら取引の行われる裏路地へ急ぐ中年の男が今日の標的だ。
つい最近新しい餌場を求めてイタリアへ移ってきたらしいが、よりにもよってボンゴレの領地に踏み入れるとは運のない。
薬を嫌うドン・ボンゴレはすぐさま粛清の命を出してきた。
このところ碌な仕事がなかったからと、小物斬りに名乗りを上げたのがスクアーロだ。
それがつい一週間前のことなのだが、取引が行われると連絡があったのがよりにもよって今日この日だった。
すまなそうに連絡を入れてきた綱吉の意図はよくよく理解していた。

「とっとと斬って仕舞いにするからよぉ、あんたは早く戻れよ。抜け出してきたのバレてんだろぉ?」

先ほどから、ザンザスの胸元で無線の電源が入るのには気づいていた。
十中八九、相手はザンザスがいないことに気づいた綱吉だろう。
任務中はどれだけ無線を繋いだところで応答しないのは分かり切っていただろうが(現にスクアーロの無線は切られている)、
まさか初め渋々とでも出席してくれた誕生祝いの最中に、当の本人に抜け出されるとは思わなかったのだろう。あちらさんも必死だ。

「十分付き合ってやっただろうが。後は勝手にすりゃあいい。どうせ誕生日にかこつけて騒ぎてぇだけだろう。目出度くもねぇ」
「ケーキの蝋燭も吹き消さねぇで、十分て言えんのかぁ?」
「30本も蝋燭立ててみろ。ケーキじゃなくて燃え盛る剣山だドカスが」
「一口くらい食ってくりゃいいのによぉ」
「帰ったらてめぇの下品な口に塗りたくってやる」
「う゛お゛ぉおいそういうのセクハラって言うんだぞぉ」

どこの口だか分かりたくもねぇ。
肩をそびやかして、スクアーロは呆れたふりをしてみせた。実行されてはたまらない。
視界の端に置いておいた男は、こちらの気配を微塵も感じられてはいないだろうに、意味のない警戒を続けている。
マフィオソに名を連ねてどれほどになるかは知らないが、生憎とこちらから見ればそんな警戒は赤子のそれに等しい。
よくよく見れば線の細そうな男だ。
ここで躍りかかって剣を突き付けたなら、それだけで昇天しそうにも見える。
懐に呑んだ銃の扱いにもあまり馴れてはいなそうだ。

「つまんねぇ任務引き受けちまったなぁ。下っ端にでも任せりゃ良かったか」
「その下っ端から仕事かっぱらった奴が今さらほざいてんじゃねぇよ」
「はは、だなぁ。……で、再三繰り返すようで悪いけどなぁ、ボスさんよぉ。もう11時だ。今帰りゃ20分には着けるだろぉ」
「うるせぇよ。とっとと行け」

犬でも追い払うような手つきで行けと言われて、眉間に皺を寄せながら立ち上がる。
いくら言って聞かせたところで、ザンザスには意味を持たないようだ。
巻きつけた剣を一度振って、深い呼吸をひとつ。
スクアーロは夜の闇に溶け込んだ。


next.

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