銀糸がたなびくのを見送って、ザンザスは胸元の無線を繋いだ。
途端に嫌というほど聞き慣れた声が飛び込んできて、うんざりと眉をひそめる。
成人してもあまり低くならなかった声は、怒気をはらんでも恐怖をあおるものではないが、聞くに愉快なものでもない。

『ザンザス!?いまどこにいるんだよ、誕生日終わっちゃうだろ!』
「うるせぇ。風の音が聞こえねぇのか、外にいるに決まってるだろ」
『外ってどこだよ!乗り気じゃないのは分かってたし、スクアーロがいなくて退屈してたのも分かるけどね、ちょっとは大人の事情に付き合ってよ!』
「てめぇがどのツラ下げて大人の事情だなどと抜かしやがる」
『昔からいるボンゴレの人だとかさぁ、まだ君達のこと信用してないんだよ!こういう行事に付き合うからまだ波風立たないわけで』
「くだらねぇ。信用されようがされまいが、そいつらの命もこっちの気分次第なのを分かってんだろうな」
『あーもー物騒なこと言わないでよ、胃が痛くなる!』
「いい薬屋を紹介してやろうか」
『いらないってば!とにかくすぐ戻ってきてよ、どうせスクアーロの所にいるんだろ!?』
「なんだ、得意の直感か?」
『ザンザスが抜け出す理由なんか毎回決まってるじゃないか!』
「うるせぇな。オレがいなくても後はてめぇらで勝手にすりゃあいい」
『主賓がいないのにケーキなんか食べれないよ!』
「代わりにあの牛野郎にでも吹き消させりゃいいだろう」
『ランボだってもうそんな年じゃない!』
「十と少しなんざまだガキだ」
『そういう問題でもないんだよ、とにかく帰ってきてってば!』
「そろそろ飽きた、切るぞ」
『飽きた!?飽きたってなんだよ、ちょっと、ザンザス!?ザン』

夜風に血の臭いが混じるのに気づいて、胸元でうるさい無線を指先で潰す。
ぱきりと軽い音を立てて、脆い機械は古い屋根に散った。
電波の向こうでわめいていた相手はいまごろ呆然としているだろうか。それとも地団駄を踏んでいるだろうか。
想像に難くないそれに、ザンザスは唇の端を持ち上げる。
見上げた月は満月には少しばかり足りなくて、妙に赤い。なんとも狂気をそそる夜だ。
こんな夜に、室内で楽しくもないパーティに興じるなど馬鹿げている。
血が騒ぐ、というほど若くはないが、何も感じずにいるほど腑抜けてもいない。
こんな夜には欲しくなるものがあるものだ。
知らずにいる綱吉が少し哀れにも思えてくる。
とりとめもなく思ううちに血の臭いが一段と濃くなって、闇に紛れていた気配が身近になった。

「まだ居たのかよ、あんた」

呆れた口調のスクアーロも、赴く前からザンザスにその気がないのは知っていたはずだ。
仕方のない、と首を振る様子にはわずかに苛立ちを覚えもしたが、今さら手を上げるほどザンザスも子供ではなかった。

「早かったじゃねぇか」
「どっか抜けてんじゃねぇのかぁ、あいつ。背後に降りたってのに気づきもしなかったぞぉ」
「取引の相手は」
「殺ってきた。このバッグが戦利品だぁ」
「は、大したことのねぇ量だな」

小さなバッグを投げて寄越して、スクアーロはザンザスの横にどっかりと座りこむ。
一応は拭ってきたようだが、長い剣の腹には掠れた赤が残っていた。
赤い月の光を浴びて、それが鈍く照り返す。
ぞくりと何かに沸いて細められるザンザスの瞳には気づきもしないで、スクアーロが己の時計に目をやった。

「あ゛ー、ほら、もうあと2分しかねぇじゃねーか。明日ツナヨシ怒んぞぉ」
「ハ、知ったことか」
「あんたなぁ……愚痴られんのはオレなんだぞぉ」
「ガキのお守りなら得意だろ」
「……あんたのご機嫌取りなら得意だけどなぁ」
「フン……言うようになったじゃねぇか、スクアーロ」

名前を呼ぶ、その声音にようやく何か気づいたのだろうか。
スクアーロが弾かれたように顔を上げる。
そうして対峙したザンザスの瞳に、スクアーロの銀灰が戸惑ったように熱をはらんで揺れる。


「ッ……てっめ、こんなときに名前呼ぶのは反則だろぉ……っ」
「そういう顔は昔から悪くねぇんだがな」


満足そうに笑ったザンザスが近づいてくるのを、スクアーロはどこか遠いことのように見守った。
目くらい閉じろと促されて、挑むように視線で笑む。やられてばかりの子供でもないのだ。


「……Buon Compleanno,XANXUS」


ゆるやかに弧を描いた唇に、噛みついたのか噛みつかれたのか。
境界は既にわからなかった。


fin.


08.10.10 Buon Compleanno,XANXUS! << Back