荒れ狂う炎はすべてを支配していた。
その中心に立つ男の全身を覆う凍傷の痕は痛々しいほどの赤黒い色をしていて、
けれどその痛みを彼は感じているのだろうか、ただがむしゃらにその力を解放させていた。
炎は幾人もの人間を飲み込んだ。生きた証など何一つ許さなかった。
凶悪で強力でひどくもろい、その炎は行く先を迷っては主へ還り、その傷を深めては散っていった。

ボンゴレの本部に戒厳令が布されたのはつい先ほどのことだ。
はじめは地鳴りかと勘違いした者もいただろう。
地の底から、まるで怒りで震えるような振動が伝わってきた。
それはかすかなものではあったけれど、直にその場にあったものすべてを飲み込んだ。
"覚醒"したのだと、そのとき誰が気づけただろうか。
危惧していたことが現実になった、と、薄れゆく意識のなかで思ったのはスクアーロの報告を受けた幹部の一人だ。
彼は唯一、ドン・ボンゴレの向かった先を知っていた。
いつから思っていたのだろうか。
彼は己が手でその時を止めた息子の眠りを解きに行った。
跡目となる十代目が遠く離れた異国の地にいる子供に決まったのは、わずかに一ヶ月前だ。
誰よりも聡明でいたその人が、一息、ほんの一息吐き出したことがすべての始まりか。
それともこれはすでに人の力の及ばないところで定められていたことだったのだろうか。
異変を感じて罪に濡れた紅が眠るその場所へ辿り着いたとき、すでに炎は侵蝕を始めていた。
己の眼前に伏していたのは、9代目その人だった。
そうして足を運ぶよりも早く、炎は男を襲った。
圧倒的な力に男の身体は吹き飛ばされ、生命活動が維持できないほどの火傷を負った。
荒く、けれどすでにか細い呼吸の下、男は罪の名を呼んだ。それが最期だった。


* * *


早くと急がせるスクアーロをたしなめながら、ルッスーリアは本部へ車を走らせていた。
伝令が伝えたのは、本部が壊滅状態にあるとの一報。
屋敷の一部はすでに吹き飛び、死傷者は数え切れないほど。
恐らくは炎によるものだと聞いて、確信を得た。
表向きは、本部からの救援要請に応えて。
けれど実際には、この8年一度も目にすることのなかった主を己が眼に映すためだった。

心臓が早鐘を打つのを、スクアーロは押さえられなかった。
その生を疑ってなどはいなかった。一度たりともだ。
けれどこうして、ずっと望んでいた気配をわずかにも捉えて、その無事を確認せずにいられるほどには自分は落ち着いた人間じゃない。
どこに、いたのだ。どこで、生きていてくれたのだ。
今の自分の姿を見て、彼は自分が自分だとわかるだろうか。
きっと混乱しているに違いない。混乱して、その力を暴走させているに違いない。
そこに行って、自分は何が出来るだろうか。何も出来なくたっていい。
自分を自分だと認識できなかった彼に、例えこの命を差し出すことになってもいい。


ただ、会いたかった。


滑り込む、という表現が正しいかどうかは知らない。
けれどこれ以上はないのだと言うほどの勢いでボンゴレ本部の敷地内に車を走りいれると同時、スクアーロはドアを蹴って飛び出した。
暗い夜空に、屋敷の一角から赤々とした炎が立ち上っている。
長く目にすることのなかった、紅い色。
あの男の持つ、あの男だけが持つ憤怒の色だ。

「スクアーロ!」

車を乗り捨てたルッスーリアが立ち止まって炎を見つめるスクアーロの隣に追いつき、声をかける。
炎に照らされた銀色は不釣合いにそこに映え、その男の唇は歓喜からかわなないていた。

「…なあ、ルッス」

その唇から、スクアーロは静かに言葉を紡いだ。
何かを言いかけていたルッスーリアだが、それを聞いて口を噤む。


「…生きてた」


生きていて、くれた。
その事実だけで、もうどうなってしまってもいいと思えるほどには、彼の存在に飢えていた。
頭のなかが真っ白で、働いてくれない。
彼に何を伝えたかっただろう。ただ彼だけを欲していた、そのはずなのに。

"ザンザスが、生きている"

その事実に、すべてを忘れた。
その事実だけが、スクアーロのすべてを支配した。


衝動が熱いものになって目の奥へと上るのに、けれど歯を食いしばる。
いまはまだ、泣くべきときではない。あの男のもとへ行かなければ。
孤独に耐え、混乱を抱えながらもいま生きてくれている、ザンザスのもとへ。
スクアーロの瞳が元の色を取り戻したのを確認して、ルッスーリアは口を開いた。

「いま、レヴィがこっちへ向かってるわ。マーモンとベルを連れてね。
これだけ被害が大きいと、しばらくは幻術でごまかさなくちゃいけないでしょう。
…ボスには悪いけれど、お目覚め早々に出費が嵩むわね」

ふふ、と笑って、スクアーロを促す。

「行きなさい。これだけ混乱してれば、貴方がボスの所へ向かったって、誰も止めやしないわ」

どこにいたのか、いままではわからなかったけれど。
これだけ気配がしているんだもの、貴方ならわからないはずないでしょう。
だから行きなさい、と言うのをその視線を見返しながら聞いて、ああ、と一言返した。
駆け出す足は、急いてもつれそうなほど。
それを見つめながら、ルッスーリアはふと息を吐き出す。

「…ずっと、一人で耐えてたのねぇ…」

お願いだから、あの子のことをわかってあげてちょうだいね。
まだ目にはしていない、ただ一人の主に胸中で呟いた。


next.

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