「おおボス、食い終わったのかぁ?」 食堂を後にして歩を進めると、目の前に広がるツリーの下でスクアーロがプレゼントを物色していた。 目移りするのか拘りがあるのか、まだどれひとつも手にしてはいない。 ツリーの真下まで歩いて、ようやく一つの箱に手を伸ばした。 「ルッスが買ってきたんだけどよぉ、」 これ全部。すげぇだろぉ? 言いながら、べりべりと包装を破いている。 どうやら青色のリボンが気に入ったらしい。 中から出てきたのは、スクアーロが気に入りの、けれどあまり自ら求めることのないブランドの衣服のようだった。 う゛お゛ー!と歓喜する声が聞こえてくる。 「さっすがルッス、太っ腹だぜぇ」 スクアーロ程度にこれだけ金をかけたとすると、尚更金のかかるお子様組には何を用意したのか。 ベルフェゴールは確か新しいベルトを欲しがっていたし、アクセサリーも手元にあるものには飽きたのだと漏らしていた。 マーモンは現金以外は所望しない。 空箱が5つ6つ転がっていたから、きっとそれらを持って引き上げたのだろう。 それでもプレゼントの箱はずいぶんな数が余っていた。 先ほど開けた箱を片手に、スクアーロが辺りをぐるりと見回す。 「まだ足んねぇのか」 訊けば、違ぇよぉ、と視線は足元に向けたまま上機嫌な声が答えた。 きょろきょろと彷徨わせていた視線を、あ、と止めて、嬉しそうな顔で歩いていく。 そしてまた一つの箱を手にして、 「ボスはやっぱり赤だなぁ?」 に、と珍しく邪気のない笑顔を向けてきた。 興味ねぇよ、と返すのをすっかり聞き流して、赤いリボンに飾られた箱も同じように包装を剥がす。 なるほど、思考が読み易いとはよく言ったものだ。 最も、それほど複雑な思考回路を持った相手ではないが。 細長く厚みのあるそれを開ければ、顔を出したのは年代物のワインだ。 「うお、どんだけ愛されてんだぁボス」 見ろよ。 掲げられたのは、シャトー・ペトリュス、1915年。 フランスのボルドー地方ポムロール地区産まれ、赤のフルボディは150万を超える代物だ。 「当たり」との言葉は、スクアーロが赤いリボンを選ぶことだけを指したものではなかったらしい。 「悪くねぇな」 久々にワインもいいだろう。 せっかくの、世間的にはめでたいらしいこの夜だ。 つまみは適当に厨房に用意させてもいいし、ワインだけでも十分な物。 ゆったりと更けていく夜には丁度良いかもしれない。 「なぁ、これ、もう寝かせてやることねぇんだろぉ?」 酒好きの銀髪は、己では滅多に手を出さない高級なそれを前にして、どうやらそわそわと落ち着かない様子。 一人で飲むような気分でもないし、飲み切る前に不味くなる。 機嫌は悪くないし、相手もまだそれほど酔ってはいない。連れ帰っても支障はないだろう。 予定は少々、変更することになりそうだが。 「…好きにしろ」 言って通り過ぎれば、やりぃ、と弾んだ声で、銀髪が後ろをついてきた。 * * * 「こんだけのヤツだと、デキャンタしねぇ方がいいよなぁ」 行き着いたザンザスの部屋で、ベッド脇に陣取ったスクアーロが声をかけた。 古いワインだ。芳りを楽しんでいる間に、味が逃げてしまう。 コルクを入れてからの年月を考えれば、直接グラスに移してしまうのが得策と言えた。 無言で肯定を示せば、すぐに立ったスクアーロがガラス張りの棚からグラスを二つ取り出して、すぐそばのテーブルにそれを置く。 それを横目に、ザンザスはコートを背の高い椅子に放って、ただでさえ緩めてあるタイを更に緩めた。 あらわになった胸元には、古い傷痕がちらと覗く。 ふいに部屋が暗くなった。 壁には照らされて大きくなった影が揺らめいている。 「…なにしてんだ」 明かりを消したのは他でもないスクアーロだ。 視線を向ければ、 「いいだろぉ、クリスマスなんだからよぉ。」 言って、グラスを差し出してくる。 その向こう側に、いつもは使われない燭台にキャンドルが立てられていた。 「は、てめぇがロマンチストだったとは知らなかったな」 受け取りながらの皮肉には、わずかに拗ねた顔をして見せただけだ。 どうやら多少の自覚はあったらしい。 「…Alla salute.」 気取るのに、軽くグラスを合わせてワインを転がす。 暗い中でもそれとわかる、血のような深い紅だ。 芳醇な芳りは長い眠りから醒めたのを束の間楽しんでいるようで、けれどじきに死んでいくのだろう。 鼻腔を満たすその芳りごと口に含めば、熟した風味が広がった。 安物にはない充足感を、喉へ流し込む。 安酒も美味い酒も関係なしに水扱いするスクアーロも、珍しく味わっているようだった。 灰色の瞳に炎を映しながら、革の手袋をはずした右手で細いグラスを支えている。 「美味ぇなぁ、やっぱよぉ?」 笑うその顔は、相変わらず無邪気だ。 それほど酔っては見えなかったが、実際にはアルコールが回っているのだろうか。 酔い潰れられたら、面倒なことになる。 スクアーロが飲み過ぎてしまわないようにと思いながら、ザンザスは頷いてグラスを口へ運んだ。 倣うようにして再びグラスを口にしたスクアーロが、一口飲み込んでそれを離す。 ふ、と息をついて顔を俯けた拍子に長い銀糸が肩口を流れて、わずかな明かりに煌いた。 普段のそれからは考えられるものではないが、それがどこか神聖な気がしてザンザスは苦笑した。 わずかに空気を震わせたそれに気づいて、スクアーロがザンザスへと視線を移す。 「…ボス?」 なに、笑ってんだぁ。 それに答えてやる気は元よりなく、ただ空にしたグラスを置いた。 新たな酒を注ぐのに、途中で止める。 「んだよ、飲まねぇのかぁ?」 不味くなっちまうぜぇ。 美味いワインがよほど気に入ったのか、スクアーロが惜しそうに眺める。 横を向きかけた顎先を、く、と指先でくすぐれば、意図に気づいたのかこちらを向いた。 「…う゛お゛ぉい、今日は聖夜だぜぇ?」 「…誘ってやがったんじゃねぇのか?」 明かりまで消しやがって。 どうせ今頃二人でいる奴らも、やってることは変わらないだろう。 誘い文句と言うには横柄であからさまなそれに眉を顰めつつ、けれどこの男らしいと言葉を飲み込む。 己のグラスのそれをまだ干していないのが気になるが、食前酒でも上等の物を飲んだのだ。 この男の機嫌さえ良ければ、これくらいのワインはまたいずれ飲めるだろう。 つい、と首筋を撫で始めた指に、大人しく瞼を下ろした。 「…ン」 触れた唇を割って侵入してきた舌が、いつもより熱い。 甘いようなそうでないようなワインの味を残したそれが絡まって、くぐもった声が漏れた。 いつになく優しいそれに、ロマンチストはどっちだと詰ってやりたかった。 それでもゆっくりと背後のベッドに組み敷かれて、ひどく胸がざわめく。 まったく、どうしたというのだ。 思いながらスクアーロがザンザスの首にゆっくりと腕を絡めると、口づけがいっそう深くなった。 呼吸のいとまさえ与えられることはなく、けれど性急でないそれに求められる。 頭がくらくらとしてくるのは、息苦しさにか、その優しさにか、それとも他の何かか。 判断がつかなくなってきた頃、ザンザスの手がシャツの上から胸に触れて、わずかに離れた唇が笑った。 「速ぇよ」 「………るせぇ…」 肺に残ったわずかな吐息に乗せる声は、かすれて甘い。 間近にある紅い瞳は、満足そうに細められた。 それからもう一度唇が触れて、その身体が離れる。 まるでそれをとどめるように、肌蹴たシャツの前に垂れたタイを、スクアーロの白い手が絡めて放った。 そのまま古傷をなぞるように指を這わせて、誘う。 「…酔ってんのか?」 「……さあなぁ…?」 笑う、その唇が艶やかで。 貪ったばかりのそれに、ザンザスはもう一度噛み付いてやった。 next. << Back