「っは、………ン…」 最後に下唇を少しばかりきつく噛んで、それを解放する。 赤く色づいた唇の端を伝った唾液は、どちらのものともつかない。 息を乱したままで、スクアーロはザンザスのシャツの端をきつく掴んでいた。 その指をゆっくりと外させて、シーツに縫いとめる。 銀糸に隠れた首筋にひとつ唇を落とすと、く、と息を飲むのがわかった。 「…ぁ、ボ、ス……」 部屋着代わりのシャツは、脱がせるのに難くない。 右手でひとつずつシャツの前を開くと、いやにゆっくりとしたそれに焦れるのか、スクアーロが顔をそらした。 ベッドの脇、キャンドルひとつ。 ゆらゆらと頼りなげに揺れる炎の中に、白い肌が妖しく浮かんでいた。 ただ落とした明かりの下で見るよりも艶かしく思えるそれに、ひとつ、ふたつと口づける。 胸の頂に歯を立てたところで、反った喉がごくりと鳴った。 ふ、ふ、と短くなり出した吐息に、知らず口元が緩む。 すでに快楽を追い始めたスクアーロが、それに気づくことはなかった。 「ッ、ぁ」 早鐘を打つ心臓の方に舌を這わせて、もう片方には指を。 ちらりと視線をやれば、目をかたく閉じて、銀の睫毛を震わせていた。 うっすらと目元と頬を染め上げて、それは決してアルコールのせいだけではない。 わななく唇が、期待と快楽を告げていた。 「スクアーロ」 呼ぶ声が柔らかくなるのに、自分でも気づいてはいた。 シーツの上の指先が一瞬戸惑って、それからぎゅう、と握り締める。 素直な反応に満足して、這わせた右手で肋を撫で下げた。細く、痩せたそこには骨が浮いている。 もう少し肉をつけろと言うのに、体質だから仕方ない、とのやり取りは過去に何度か繰り返した。 いまではこれでも抱き心地は悪くないからと捨て置いている。 細い割にはしっかりとついた腹の筋をたどって、ベルトのないパンツに指をかける。 ここで少しだけ考えて、ジッパーの金具に歯をかけた。 「何…っ」 途端に反応を示して上体を起こしかけるのを、左手でとどめる。 それでも抗うのをやめないで、スクアーロはザンザスの頭を両手で押しやった。 「痛ぇよ、カス」 「だ…っ、あんた、何する気だぁ!?」 「脱がせてやるだけだ」 「口でやんなよぉ!」 恥らって見せるなら少しは可愛気のあるものを。 力ずくで抵抗されては、これも男だ、それなりに力があって面倒くさい。 けれどそれも、組み敷いた状態でザンザスの優勢は変わらなかった。 「あ、ぁ…っ」 反応を示しかけていたそこを布の上から撫でれば、途端に抵抗する力が弱まった。 代わりに、きり、と絡められる髪が少し痛い。 仕返すように、張り詰めてきたそこに甘く歯を立てれば、腰がびくついて脚が跳ねた。 「て、っめ…!」 「ずいぶん窮屈そうじゃねぇか」 くく、と喉を震わせながら揶揄ると、悔しそうに唇を噛み締めて双眸が細められた。 どうしてほしいんだ。 意地悪く訊ねて、答えを待たず、再び金具に歯をかける。 今度はそれを邪魔することなく、ただザンザスの両脇に伸びていた脚が寄せられた。 せめてもの抵抗がスクアーロの羞恥を語っていて、目的を果たしたザンザスは口角を上げる。 「もうイきそうか」 する、と開いたパンツの隙間から手を入れて内股をくすぐりながら、すっかり張り詰めたそこを指でなぞる。 ぅぁ、と低く漏らして、スクアーロの手がそこへ伸びる。 焦れて、己で慰める気になったようだ。それをザンザスが許すわけもないけれど。 「離せぇ…っ」 生身の手を押しとめて、苦しそうな表情を見上げる。 泣き出しそうに歪んだそれに感じる愉悦。我ながら歪んでいる、思って、ザンザスはアンダーごとパンツを抜き取った。 「っ、や…だ、ボス…」 あらわにした脚を開かせれば、腰が逃げようと上ずった。 屹立したそれは震えて、先走りに濡れている。 つ、と新たな雫が伝うのを下から舐め上げて、先端を口に含んだ途端、だった。 「ッぁ―――…!」 細く高くかすれた声を上げて、スクアーロが達する。 構えていなかったのに瞬間咽かけて、どろりと粘性を持ったそれを飲み込んだ。 「ぁ、あ……っ」 ひく、と内股を震わせて断続的に吐き出すのを手のひらに受け止めて、ザンザスは身を起こした。 「…ずいぶん早ぇんじゃねぇのか…?」 言って、スクアーロの顔を覗き込む。 同時に白濁の伝う手のひらを見せられて、スクアーロの頬に血が集まった。 つぅ、とザンザスの指を滴っていくそれが己の吐き出したものである事実が、どうにも卑猥で受け入れ難い。 知っていてあえてそれをする男なのだ、ザンザスは。 「っくそ…!」 赤くなった頬を隠すように、紅い瞳から隠れるように顔の前で腕を交差させて、それをザンザスが笑うのがわかった。 アルコールのせいかどうかは知らないが、目の前の相手の機嫌はいいらしい。 そうでもなければ、口淫も飲み込むこともなかっただろうが。 気まぐれなそれがずいぶんと腹の中をかきまわしてくれるのだ。 それがひどく気に障るのに、いつのまにか焦がれている自分もいる。 身体と意識がばらばらだ。スクアーロは泣きたくなった。 「…ッン…!」 白濁を潤滑剤代わりに、濡れた指が秘められたそこへ無遠慮に入り込んできた。 一瞬詰めた息を、次の瞬間には震える喉で腹から吐き出す。 こちらのことなどお構いなしに長い指は奥を目指し、見つけたしこりを悪戯に刺激する。 「ぅあっ、ァ!」 達したばかりの身体にその刺激が辛くて、閉じた瞳の端から堪え切れなかった涙が流れた。 一度流してしまえば決壊するのは容易くて、後から後から上気した頬を伝っていく。 指が増えるのと同時に、顎先まで伝ったそれをぬるりとしたなにかが拭っていった。 「あ…?」 まさか、思いながら交差させていた腕をどけると、目の前に紅の双眸。 炎を宿したそれに、胸がどきりと鳴った。 近づくのに反射的に目を瞑れば、そこを舐められた。 流した涙をザンザスの舌が拭っていくのに、スクアーロが二の腕をざわめかせる。 気まぐれに、中途半端に、この男は優しさを見せる。 それが、どうにも辛いのに。 「は、ぁ…ッ……ボス…」 耳を食まれて、肩が震える。 後腔の指は更に増やされて、耳元のそれだけでなく、濡れた音が頭の奥に響いていた。 気を張っていたはずが、身体からはすっかり力が抜けている。 すがるものを求めて、滲んで歪む視界に映った肩へ手を伸ばした。 右手を首に回して皺になるほどシャツを掴んで、けれどザンザスがそれを嫌がらない。 許された気がして、上体を浮かして抱きついた。 ぎゅう、としがみつくとザンザスの苦笑が耳に吹き込まれて、腰が震えた。 「あ、ザン…ッ…」 名前を呼びきる前に、かちゃりとベルトを外す音が聞こえた。 期待に鼓動が高鳴って、渇いた喉を鳴らす。 「―――…欲しいか。」 甘くかすれた、ずるい声音でそう訊ねられて、意地を忘れて夢中で頷いてねだった。 ふとザンザスのまとう空気が緩んだ気がして、それを確かめる前に生身の熱が宛がわれる。 あ、と思う間に、熱は体内を犯していた。 「あ、ァ…!」 ひきつる喉はかすれた喘ぎだけを空気に散らして、受け入れたそこが熱かった。 遮るもののないそれがゆっくりと入ってきて、 ――…喰われる。 飛びかけた思考で思った。 最奥まで熱が届いて、息を吐き出して、次の瞬間には荒々しく揺さぶられる。 ベッドのスプリングが跳ねて、視界は定まらない。 意識の底から快楽を引きずり出されて、振り落とされるのが怖くてすがった。 「っあ、ァァ、ボス…!」 ザンザス。 呼ぶ声に、スクアーロ、返してくれた。 どこまでが自分の体温なのかわからなくなって、追い上げられるのについていけない。 名前を呼ばれるのが、唇をついばまれるのが、突き上げられるのがたまらなく気持ちよくて、怖い。 無意識に逃げようとする腰を掴まれて、引き寄せられて、快楽の淵に落とされる。 吐き出す息は荒くて、零れていく喘ぎは甘い。 「ザン、ザス…!」 誰より近くにいる、その男の名前を呼んで、耳元で名前を呼ばれて。 このまま壊されてしまってもいい。気が狂ったようなことを本気で思った。 終わりがすぐそこに見えていて、けれどそれに手を伸ばすのがどうにも惜しい。 叶わないのはわかっているけれど、このまま繋がっていたかった。 どうしようもなく求めていた。 「…ッ…」 ぎり、とザンザスが歯を食いしばるのが聞こえて、終わりが近いのを知る。 霞む意識の中で、それが惜しくて、それでも嬉しくて。 ザンザスの余裕を奪っているのは他の誰でもなくスクアーロで、その事実が嬉しくて。 もしかしたら、自分は笑っていたかもしれない。 「あ、ッ―――…!」 吐き出して、自身の一番深いところにザンザスの熱を感じて。 ふ、と頭を抱きかかえるように触れた大きな手が優しくて、スクアーロの意識は闇に堕ちた。 * * * シャワーを浴びて戻ってきても、スクアーロの意識は戻っていなかった。 すっかり飛んだか、と溜息をひとつついて、ベッドに腰を下ろして銀の髪を梳く。 「スクアーロ」 呼んで、泣いて熱を持った目元に触れると、ぴくりと瞼が反応した。 けれどわずかに睫毛が震えただけで、その銀色は開かない。 灯したキャンドルはすっかり短くなって、ジジ、と悲鳴を上げている。 それを消してしまうと、カーテンの引かれていない窓から月明かりが差し込んだ。 ずいぶんと月の明るい夜らしい。 ちらと夜を遮る白い何かが見えて、目を凝らせば、ここでは珍しい雪のようだった。 きっと朝になれば消えてしまうだろう儚いそれに、しばし目を向ける。 すぐには止む気配がないようで、視界の中のそれはだんだんと数を増やしていた。 ベルフェゴールやマーモンは、すでに眠った頃だろうか。 雪が降っていたことを告げれば、朝一番から騒ぎ出すだろう。 厄介事は面倒だと、早々に忘れることにする。 ふと視線を戻して、目の端に映ったのは、スクアーロが飲み残したグラス。 気まぐれに口にしたアルコールは、外気の侵蝕を受けて苦い血の味に変わっていた。 fin.
06.12.23 間違ったイタリア語には目を瞑る方向でどうかひとつ。 << Back