― CAROLS ― はらり。 舞い落ちた雪が、頬で溶けた。 窓の外に広がるのは、煌びやかな冬の景色だ。 風物詩と呼んで良いのだろう、そこかしこの街路樹には電飾が灯され、浮かれた音楽が流れている。 赤と緑のイメージカラーに、金銀のスプレーを施された松の実や、イベントを象徴するオーナメントで見目良く飾られたモミにリース。 道行く人々の表情は明るい。 ここボンゴレの本部にも、その空気は及んでいた。 「…毎度ご苦労なことだ」 不機嫌に低いザンザスの声をよそに、玄関ホールには大きなモミの木が運び込まれている。 どっしりと太い木の幹は、どれだけの月日を経たのだろう。 どこから伐り出してくるのかは知らないが、毎年この時期になると、イベント好きのボンゴレの屋敷には巨大なツリーが出現する。 装飾を施すなかにヴァリアーの面々が連なっているのが、いかんせん軟派で情けない。 きっと今年もルッスーリアあたりが張り切って指示を出すのだろう。 他の誰も気づかない程度に溜息をついて、ザンザスは執務室へ引き返した。 時を同じくして、談話室。 予想通りに張り切ったルッスーリアが、モスカやレヴィをフルに使って、長い間倉庫に眠っていた装飾を運び出させていた。 モールや電飾ひとつ取っても、そこらの物とは質が違う。 「レヴィ、もっと丁寧に扱ってちょうだい!」 ぬお、と声を上げて足元の箱につまづいたレヴィに檄が飛ぶ。 これはそこ。それはあそこ。 ベルちゃん、モールは首に巻くものじゃないわ。 スクアーロ、電飾割ったりしたら承知しないわよ! 一体どこにいくつ目が付いているのか、ルッスーリアの指示は的確で早い。 運び出された装飾類は、更に階下へと運ばれていく。 モミがきちんと立てられた段階で、それは業者の手を離れたらしい。 今は黒いスーツの連中がこぞって群がって、細かな伐採と装飾の下準備を行っていた。 「うしし、王子キラキラ」 一般的なそれでなく、ファーのような柔らかい素材で作られたモールの感触が気に入ったのか、 首と肩とに巻きつけてなお余る長いそれを手に、ベルフェゴールは至ってご機嫌。 ルッスーリアの忠告などどこ吹く風らしい。 「ベル、それ埃かぶってるよ」 「げ、汚ねー」 途端にポイ、と放り出して、とうとうルッスーリアの雷が落ちた。 いい気味だ、とスクアーロが笑うのに、手伝えよ、とベルフェゴール。 結局はマーモンと手分けしてその装飾を運んでいった。 「全く、手が足りないっていうのに…ねぇ、ボスはどこかしら」 「う゛お゛ぉい、言ったらあいつ、ツリー焼いちまうぞぉ」 正に猫の手も借りたいといった状況でルッスーリアが口にした恐ろしい提案に、スクアーロは思わず突っ込んだ。 それもそうねぇ、とあっさり引き下がるあたり、まだ理性は残っているらしい。 ほ、と一息つく間に、 「あん!レヴィ、それはそこじゃないったら!」 素早く振り返った彼に拍手だ。 * * * 「…あとは、雪と星ね」 ぱん、と手に付いた埃を軽く払いながら、ルッスーリアは満足気にツリーを見上げた。 足元では哀れなレヴィが息を荒げてのびている。 大きなモミによじ登って何週もモールを巻かされたのだ、普段とは異なる筋肉を大いに使ったことだろう。明日はきっと筋肉痛だ。 レヴィだっせぇー、言いながら、飾り切れなかったステッキ型のオーナメントで、ベルフェゴールがつついていた。 それは去年も目にしたものであったが、頂点に飾る星だけは、毎年新品に買い替えられる。 というのも、ベルフェゴールがナイフ投げの的にしてしまうからだ。 一昨年はど真ん中に一発だったが、昨年は全方向から満遍なくナイフが突き立てられ、訪れる者を恐怖させていた。 「さすがは、ヴァリアーといったところですな」 震える声で吐かれたのは、笑えない冗談だ。 的当てと人々の反応を合わせて賭けの対象にしているあたりが救えない。 むろん賭けられる額に節度が足りないのも、ベルフェゴールとマーモンだからなせる業だ。 今年も買い替えられた星を両手に持って、ルッスーリアが背を伸ばす。 「ほらレヴィ、のびてないで!雪よ、雪!」 言って、傍らのボンベを指す。 中には程よく圧縮された空気と、溶けることのない人工雪が入っている。 それを粉雪のようにふりかけて、最後に星を飾って完成なのだ。 モスカに片手で起こされ、ルッスーリアの「ボスも見るのよ」の一言になんとか甦って再びモミを登るのを哀しく見送った。 (あいつが気にかけるわけねぇぞぉ) 呆れた心の声は、相手に届くことはなかったが。 レヴィの努力の甲斐あってか、ザンザスが執務を片付ける頃には、ホールにはツリーが完成していた。 飾られたツリーを横目に、ザンザスはコートを翻して階下へと降りる。 今年はまだ、頂の星はナイフの餌食になっていない。 天井の明かりを受けて煌くそれを、去年はずいぶんシュールな光景だったなと振り返る。 木の根元には、色とりどりのリボンをまとい、包装された箱が所狭しと並んでいる。 ずいぶんと数が多いが、計算しつくされたように配置されていて、不自然さは見当たらない。 どれひとつも動かされた形跡のないそれは、食事の後で荒らされることになるのだろう。 食堂の方からは、いつもより数多い料理の匂いがしていた。 「う゛お゛ぉい、遅ぇぞぉ、ボス」 扉を開けると、食前酒を寝酒のようにあおりながらの銀髪がこちらを向いた。 その手前で、背後に向けて殺気を放ちながらこちらへは期待の念を向けた男がいた。器用な奴だ。 「うるせぇよ」 綺麗に流して席につけば、それを合図に料理が運ばれてきた。 幹部会でもなく顔を合わせて食事をとるのは、一体いつぶりだったろうか。 これで食い汚いのがいなければそれはそれで良いのだが、きっと途中で食事用のナイフとフォークが凶器となって宙を舞うのだろう。 ひっそりと溜息に乗せたそれは、十数分後に現実となった。 * * * 「ごちそうさまでした」 先ほどまでとうって変わって、がらんとしたその場所。 上品にナイフとフォークとを皿に返したルッスーリアが口元を軽く拭った。 拳骨をくれてやった金髪の部下は赤ん坊とともにツリーの下へと走って行ったし、 ターキーを鼻に詰めてやった銀髪の部下も同じように席を立っていた。 残ったのは優雅に食事を楽しんでいた彼と、自分に忠実な男と、モスカの三人。 少々視線がうざったいのと羽飾りが被ることを除けば、実に常識人の集まりだ。 他もこうならば苦労はしないのだが。 食後に新しく注がれたスパークリングワインを一息に飲み干して、ザンザスは深く椅子にもたれた。 「ねぇボス、ボスにもちゃんとプレゼント用意してあるのよ」 後で好きなのを選んでちょうだいね。 サングラスの向こうに読めない視線を隠して、男はにっこりと笑った。 オレにあの場でプレゼントを選ばせる気か。 部下一同が戦慄すること必至、だ。邸内に地蔵を増やす趣味はない。 ぎろりとわずかに殺気を込めると、 「まあ、あの子が勝手に選ぶと思うわ」 でもきっと当たりよ。 彼の思考は読み易いのだ、と肩をすくめた。 「ボス、オレも…!」 「いらねぇ」 立ち上がりかけた男に釘をさして、固まるのを横目に扉へ向かう。 そろそろ、お子様組のプレゼント選びも終わったことだろう。 部屋にある酒で晩酌をして、静かに過ごしたいものだ。 またあの忌々しいロビーを抜けなけらばならないのは我慢ならないが。 どうせ数日のうちに撤去されるのだ、まあいい。 思いながら、ザンザスは扉を押し開けた。 next. << Back