― 宵越し膝枕 ―
XANXUS×Squalo





昨夜は久しぶりに呑み明かした。
というのも、ヴァリアーに属するアルコバレーノの誕生祝いがあったからだ。
酒に強いのか弱いのか、外見からでは年齢の判断もつかない赤子に呑ませはしなかったが、珍しくベルフェゴールが浴びるように呑んでいたのを、スクアーロはよく覚えている。
口にはしないが、マーモンがひとつ歳を重ねるたび、誰より喜んでいたのはあの男だ。
マーモンが長くは生きられない身体なのだと知ったのはつい三年前のことだが、それを払拭するように、ベルフェゴールは共に過ごす日々を純粋に楽しんでいた。
当然ながらマーモンを自らの腕に抱きかかえたまま、終いには眠り込んでしまったベルフェゴールを自室まで運んでやったのは、案外に酒に強いレヴィだ。
お堅い見た目からは想像がつかないが、実のところスクアーロよりもよほど強い。
ザンザスに最後まで付き合えるのは、ヴァリアーでは彼くらいのものだ。少し気に入らない。
ルッスーリアも顔に出ない方だから、スクアーロの酒の強さは実質三番目だろうか。
当然、そこらの酒豪よりもよほど呑むが。

ベルフェゴールが潰れた後で、なんだか妙な面子になってしまったが酒は美味かった。
ついつい呑み過ぎてしまったのは紛れもない事実だ。
そのせいか今朝は身体がだるい。だが二日酔いに苦しむほどではなく、どちらかといえば気分が良かった。
あつらえ向きに、快晴という言葉がよく似合う空。
降り注ぐ陽射しは鼻歌を催促するようで、自覚はないがとどのつまり、スクアーロは酔っ払いだった。


<宵越し膝枕>


ヴァリアーの邸にはボンゴレの本部同様、末端構成員までが集い行き交う大部屋がある階の他に、幹部だけが立ち入りを許される階もまた存在した。
幹部それぞれに宛がわれた部屋のある階と、邸の最上階がそうだ。
ザンザスの執務室は最上階、その一番奥に位置していた。
故にザンザス自らが赴かない限り、下部連中がザンザスの姿を見ることはない。
逆に言えば、何をしていようと目に触れるのは幹部連中だけだということだ。
実に都合の良いそのシステムは、日常的にザンザスのサンドバッグと化すスクアーロにとって有難迷惑なものだった。

毛足の長い絨毯が覆う廊を進み、スクアーロは大階段と呼んで差し支えのない、最上階へと続く階段の前まで辿り着いた。
昼間でさえ薄暗い邸だが、夜目のきく暗殺集団にとっては十分な明るさだ。
自室で目を醒ましたとき、すでに日は高く登っていた。
呑み明かした翌日でも任務に支障をきたさない程度には酒に馴らした身体だが、それも精神状態からくるものだ。
任務のない、デスクワークだけの日にわざわざ神経を尖らせておくほどスクアーロも物好きではなかった。
そうでなければほろ酔い気分で浮かされた意識の赴くまま、書類整理に追われるザンザスの執務室を訪れようとは考えつかなかっただろう。
素面ならば絶対に近づかない。


相変わらず重厚な扉を、コン、と軽くノックした。
聞こえなかったのか無視しているのか返答はない。
もう一度叩こうと腕をあげたところで、内側から扉が開いた。
「仮にも暗殺者が、気配垂れ流してんじゃねぇ」
不機嫌そうな赤は少し高い位置からスクアーロを見下ろす。
そこには昨夜呑んだばかりの酒の名残は欠片もない。
「あんたの前で、隠す必要もねぇだろぉ?」
へらへらと笑いながら言えば、そこに酒の臭いを嗅ぎ取ったのだろうか、男の眉間に皺が寄った。
それでも追い返されなかったのは、単に運が良かったのだろうか。
溜息をつきながらスクアーロに背を向けたザンザスは、コーヒー、と捨て吐いて室内へ引き返した。
その後を追う、スクアーロの足取りは軽い。


「……薄い」
「げ、まじかぁ?悪ィ、淹れ直す……」
「いい。座ってろ」

差し出したコーヒーに対する簡潔な感想に、スクアーロは腰を上げかけた。
先ほどまでは執務机の前に座っていただろうザンザスは、今は応接のソファに腰かけている。
数日前にルッスーリアが買い足していったというコーヒーの豆を挽いて淹れてみたはいいが、いつもの感覚が戻っていないのか、どうやら薄かったようだ。
淹れ直そうと提案するのを右手で差し止められて、スクアーロは浮いた腰を再びソファに沈ませる。
いつもなら問答無用で寄越されているはずの書類に視線を走らせれば、見覚えのある綱吉の字で書かれたものだった。
スクアーロに読まれても問題ないが、決裁を任せられる類の書類ではないということなのだろう。
他の書類も同様なようだから、手を貸してやれる案件はない。
目的もなく訪れたせいで、スクアーロは完全に手持無沙汰だった。
自分のためにも淹れたカップの中身を啜り、薄いだろうかと首を傾げるが、味覚が鈍っているのか判断がつかない。
これじゃ毒見も出来ねぇなぁ、と苦く笑って、テーブルへとカップを戻した。
ぐるりと視線を走らせれば、代々受け継がれてきた書物が整然と並ぶ棚が存在感を示している。
系譜に始まり、年鑑や図鑑、事典の類に帝王学から理工学に至るまで、所狭しと並んでいる。
あまり本を読まないスクアーロにとってはそのタイトルでさえ頭を痛ませる代物なのだが、ザンザスはすべて一度は目を通したことがあると言っていた。
シェイクスピアの詩などいったいどんな顔をして読んだのだと訊ねてやりたいが、実行に移す勇気は持てないでいた。
ちらりとザンザスに視線を戻すが、相変わらずの涼しい表情で綱吉の書面に目を走らせている。
時折コーヒーを嚥下する喉元と、その度にわずかに濡れる唇が妙に艶めかしい。
何を馬鹿なと視線を逸らしつつも、ザンザスの隣にいて落ち着かない自分がなんだか悔しかった。
無意識に唇をへの字に曲げ始めたスクアーロには気づいているのかいないのか、コーヒーを運ばせた後は声をかけることもなく、ザンザスはただそばにいることを許している。
それだけでも稀なことなのだが、悲しいかな酔っ払いには伝わらなかった。

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