ぼすりと脚を襲った衝撃に、ザンザスはぴきりとこめかみのあたりを引き攣らせた。
隣で退屈し始めていたスクアーロに気づいてはいたのだが、よもやこんな暴挙に出るとは思わなかったのだ。
先ほど感じた酒の臭いは、どうやらザンザスの気のせいではなかったらしい。
「何してやがる、てめぇ」
「書類整理、まだあんだろぉ?気にしねぇで続けろぉ」
スクアーロはザンザスの太腿に頭を預けたまま、ソファの上でごそごそと寝心地のいい場所を探している。
床に転がしてやろうかとも思ったのだが、覗く横顔からでさえ窺える拗ねた様子に、ザンザスは二度目の溜息をついた。
年を重ねる度、自分がこの男に甘くなっていくのは自覚していたが、男は男で幼くなっている気がしないでもない。
思えば十五になる前にはすでに自分の代わりに針のむしろで過ごしていたのだから、甘えたくとも甘えられなかったということだろうか。
酒というのはずいぶんと偉大な力をお持ちのようだ。
「……この時間じゃ書類残ってんの分かってて来たんだろうが」
「だから、続けろって言ってんだろぉ」
「それを邪魔してる奴が言ってんじゃねぇよ」
鼻で笑って、ザンザスはスクアーロの髪を指先に絡めとる。
毛先まで梳いては遊ぶのを繰り返しているうちに、スクアーロの機嫌は少しずつ浮上してくるようだ。
まるで猫だなと、言葉にはせずにそう思う。
「ベルの奴も潰れてたが、てめぇも相当呑んだだろう」
酒臭ぇ、とからかえば、うるせぇぞぉ、とごねるような返事だ。
とろりと弛み始めた眦は、今度は心地好さに酔っているらしい。
「重いから寝んじゃねぇぞ」
「うるせえぇ、寝るかよぉ……」
言いながらあくびを噛み殺すのを見逃しはしない。
髪を梳くのをやめて耳の裏をくすぐれば、目に見えて肩が震えるのが分かった。
「くすぐってぇぞぉクソボスがぁ」
「なんだ、感じたんじゃなかったのか?」
「セクハラ野郎ぉ」
「上等だてめぇ」
生意気の域を過ぎた言葉も、猫を相手にしていると思えばそう腹が立つものでもない。
そもそももう少し相手をしてやれば、後は邪魔されることなく仕事に手を付けられるのだ。事を荒立てる必要もない。
全く本当に甘くなった、と少しばかり己を律する気持ちを混ぜながら、ザンザスは肩から力を抜いた。
案外頭を撫でられるのに弱い男は、もう半分近く眠りの淵だ。
「スクアーロ」
「んん゛……?」
名前を呼んでやっているというのに、反応が鈍い。
普段ならこれひとつで耳まで真っ赤にしてザンザスを愉しませるというのに。つまらない。
「とっとと寝ちまえ」
ほんの数分前とは対岸にある言葉を紡ぐ己を矛盾しているとは思ったが、スクアーロに気づいた様子はない。
あと少し。あとほんの少しで、むずがるような返事は穏やかな寝息に変わるはずだ。
いくらヴァリアーの本邸にいるとはいえ、次席がこれでは部下に物を言えたものではない。
まったくスクアーロに都合のいいように、ヴァリアーの規律は作られている。

「……ドカスが」

眠りに落ちた銀糸にもう一度だけ指を絡めて、ザンザスは書類の続きに目を向けた。


… * … * …


「なにこれ、入っていーの?」
「ベル、馬に蹴られたいのかい」
「だめよベルちゃん、こんなの滅多に見られないわっ」
「……………おいムッツリ、うぜーからフリーズしてんなよ」
「…………ッ……ッ……ッ!!!」
「だからうぜーっつの。王子まじだりぃー」
「せっかくだから写真でも撮っておこうか」
「マモちゃん、幾らで売ってくれる?」

愛用のカメラを出しながら、ルッスーリアに三つ指を立てるマーモンがいたとかいないとか。

fin.


08.10.10 << Back