deliberato      10.04.05



階段から落ちる」の続編
マルコ+スモーカーです。




繁華街の裏通りに面した、目立たない造りの建物だ。
雑居ビルの間、それこそヤのつく自由業が多く事務所を構えるような界隈で、ひっそりと息づく店。
地下への階段を下り、黒基調の重厚なドアを開くと、ガラス製のドアベルがころころと澄んだ音を立てた。

「あら、いらっしゃい」

久しぶりねと笑いかける女店主は、カウンターに座る客となにか話していたようだ。
知る人ぞ知る、というよりは本当に道楽の延長のような経営のこの店は、
営業するのはオーナーの気が向いたときだけ、営業日を知っているのもオーナーが気に入っている人間だけ、
といったわがままなワインバーである。
最初この店に連れてきてくれたのは、カウンターで一人グラスを傾ける男だ。
今日は営業している、と女主人からメールがあったから、きっと彼は足を運んでいるだろうと思った。
そして彼もまた、自分が訪れることを予測しているだろうとも。
ゆっくりと濃厚な赤ワインを喉に流し込んだ男が、こちらを向いて唇の片端を上げた。

「先に一杯やってるよい」

まるで居酒屋でビールでも引っかけているような気軽さだ。
カウンターに置かれたワインのエチケットは、あまり詳しくない自分でも知っているような高級なそれなのだが。
く、と笑って片手を上げて応えながら、スモーカーはマルコの隣に腰を下ろした。

「あなた達がそろってるの見るのも久しぶりねェ。喧嘩でもしてたの?」
「シャッキーが一ヶ月も店開けなかっただけだろい」
「あっは!やだ、そうだった?」
「レイリーさんと楽しんでたんじゃないのかい」
「ウフフ、そんな野暮なこと聞いちゃやあよ。さ、スモちゃんはなににする?」
「ちゃんはやめろ、ちゃんは……」

葉巻を切ると即座に差し出される炎を借りながら、スモーカーが勘弁しろと眉を寄せる。
ふふ、と笑ってとがめる視線をかわしながら、シャッキーが新たなグラスを手にした。
注がれるのは頼んでもいないのにスモーカーの好みを知り尽くした辛口の白ワインで、
ことりと置かれたそれの芳醇な薫りをスモーカーは愉しんだ。

「……しかし、おまえも苦労するねい」
「……ポートガスのこと言ってんのか」
「子守りは得意じゃねェんだろい?」
「どいつもこいつも、他人事だと思いやがって……」

くつくつと愉しげに肩を揺らすマルコに、スモーカーは深い溜息とともに葉巻の煙を吐き出した。

「まァいい。大学部に行く気にはなったみてェだからな」
「へェ?あの跳ねっ返りがかよい」
「ああ。おまえと出くわしたすぐ後だな、ころっと態度変えやがった。どこまで本気かわからねェが……、
あの後まんまと逃げられたんでな。まァ、あれのことだ、きちんと答えは出してくるだろ」
「そりゃあ、また……」

楽しみが増えたなと、マルコがグラスを傾ける。
つ、と残った酒をすべて呑みほして、行儀はよろしくないがぺろりと唇を舌で拭うのが様になる男に、
スモーカーは胡乱な目を向けた。
向けられた視線の意味を知っていて、マルコは実に涼しげである。

「……おい」
「なんだよい」
「あのセンゴクのオヤジから、ポートガスの噂は聞いてると言ってたな」
「それがどうかしたかい」
「とぼけんな。てめェの悪い噂は学生んときからさんざ聞いてんだよ、この悪喰」
「は……、おれが、あれに手を出すとでも?」
「あんな滅多に見せねェサワヤカ顔見せたてめェの言葉じゃ、信用には足らねェな」
「……悪くはない読みだがねい」

なんにしろ選ぶのはあいつだろい、と、先を読んだようなしたり顔でマルコが言う。
くっと持ち上がる口角が、厭味なほどに似合いだ。
ここがどこか別の酒場で、周りに女がいたならきっと放っておかなかっただろう。
このバーにも、別の意味で放っておかない女が一人いるが。

「なあに?恋の話なら、私もまぜてくれなきゃだめよ」

マルコに次のワインをすすめながら割り込んできたシャッキーに、スモーカーは溜息を隠さない。
あれでも可愛い教え子なのだ。
悪喰にすんなりぺろりと食べられては夢見が悪いに違いない。

「恋っつーより、純粋な若者にこの悪いおっさんが手ェ出そうとしてるキナ臭い話なんだがな」
「ウフフ、なあにマルコ、とうとう犯罪者にでもなる気なの?」
「犯罪者になるかどうかは、まあ、相手の出方次第だろねい」
「あらあ、確かにエースちゃんは可愛い顔してるものね。男の子だけど」
「………なんで知ってる」
「やだわスモちゃんたら。私の情報網を甘く見ないでちょうだい」

若くて将来有望な子の顔と名前くらい朝飯前よ。
そう言って煙草を指に挟んだシャッキーに、スモーカーは再びの盛大な溜息だ。


おまえ、苦労するぞ、ポートガス。


自他共に認める性質の悪い男の標的となってしまった、将来有望な問題児。
いつも笑顔を絶やさない、雀斑が幼い悪ガキの顔を思い浮かべ、スモーカーは一息にグラスを空にした。


fin.

deliberato:慎重に、ゆっくりと

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