「……どこまでついてくる気だトラファルガー」 歩き始めて三十分。18番GR。 ただの無法地帯からいかがわしい界隈へと変わり始めるこの場所で、憂さ晴らしに女を買うつもりでいたキッドだ。 馴染みの店はもう少し先。 胸がでかくて腰の細い、それから少し頭の足りない抱き心地が良い女。ブロンドの巻き毛なら最高だ。 瑞々しいルージュの似合う、唇の厚い肉惑的な女がキッドの好みだった。 誰かに伝えた覚えはないのだが、店に入ったキッドを見るなり女の方から寄ってきたのだから、なかなか侮れない。 上陸した夜に買った女は、今日は空いているだろうか。 とりとめもなく思いながら、さくさくと軽快な音を立てて後をついてくる男の容姿を頭に浮かべる。 必要な筋肉はついているのだろうが、パーカーの中で身体が泳いでいるのが分かる、本当に男なのかと疑いたくなるほど細い腰に、見える肌には所せましと並ぶタトゥー。 冷やかな笑みを浮かべる薄い唇に、皮膚も薄いのか目の下には消えない隈。 肌は白く、長く伸びた脚は形がいい。 小振りの尻もなかなか嫌いじゃない。 気の強そうなあの目に涙の膜を張って屈辱で歪めてやったなら、それはそれは愉しそうだ。 (あの脚開かせてぶち込んでみてェな) ふと我に返って血の気が引いた。 何を……考えている。 好きなのは女だ。 ゴツゴツと骨ばかりの男の身体を思い浮かべて欲情するなど、あってはならない。 「おまえはどこに行く気だ、ユースタス屋」 ぽつりと寄越された言葉は、どうやら先ほどの問いへの返答らしい。 まったく会話のペースが掴めない野郎だ。 舌打ちしたくなるのを堪えて、キッドは吐き捨てた。 「てめェにゃ関係ねェだろう。とっとと帰れ」 「残念だがおれが行きたいのもこの方向なんだ」 口じゃ勝てねェな。 諦めにも似た感情と苛立ちが腹の底で燻ぶる。 こんなときは好き勝手暴れるか、キラー相手に一戦交えるのが一番なのだが、生憎どちらも叶いそうにない。 ロー相手に殺し合うのも一興だが、先ほどまでの思考に支配されたままなのだろうか、パーカーがめくれて臍が覗いただけでもなんだか顔を背けてしまいそうだ。 訳の分からない能力で胴やら首やらに余計なものをくっつけられたくはない。 すっかり暗くなった辺りを見回して、溜息をひとつ。 これまでこの界隈の店は素通りしていたのだが、気に入りの店を失ったのに加えて女を買う店まで知られてはかなわない。 この辺りで今日の相手を見つくろってしまおうか。 思いつくままに視線を巡らせたキッドだが、そのときにはどうやらローの仕掛けた罠に嵌っていたようだった。 「このへんにゃろくな女はいないぞユースタス屋」 「うるせェな。てめェに関係ねェだろ」 「ここは野郎専門の店が集まってるからな。ユースタス屋にそういうシュミがあるなら気に入りもするだろうが。試すか?」 ぶつり。 理性か、堪忍袋か、この際なんでもいい。 なにかが切れる音をキッドは自分の中に聞いた。 「てめェ今度こそ殺られてェかトラファルガー!!」 「はっは!たまらねェ、ユースタス屋、その顔だ」 振り返りざま、いつのまにやら間合いを詰めていたらしいローの無邪気な笑顔が目に入った。 常に見せる人を食った笑顔とは違う、心の底から楽しそうな表情。 いままでのすべてが仕込みなら、噂以上、相当に質が悪い。 見上げる視線。浮かべた笑み。 その唇が近づいてくるのを、拒むことすら忘れていた。 next.(R-18)
シャボンディ諸島の構造はよく理解してません。 << Back