病的な色気のある野郎だ。 目を合わせたら最後、すべて持っていかれそうなほど。 上陸を果たしたその日のうちに、雑踏で見かけた男。 ただのルーキー同士、名前と顔を知っているだけ、その関係を崩さないまますれ違わなければならない。 決してどこも交えてはならない。 ……そう思っていた、はずだった。 関係が崩れたのは上陸三日目の夜。 薄暗く陰気な臭いを気に入って通っていたその店に、奴が現れたのがすべての始まりで、終わりだった。 (……しくじった) 店に足を踏み入れるなり、ユースタス・キャプテン・キッドは天を仰ぎたい気分になった。 テーブル席にはそれなりの容姿と身体をもった女達が今夜の客を物色しがてら犇めいているというのに、男は独りカウンター席でウォッカを瓶ごと傾けていた。 トラファルガー・ロー。 ゆっくりと振り向き、唇を笑みの形に歪めてみせた男の名はそういった。 「よぅ。待ってたんだぜ、ユースタス屋。こうして顔合わすのはハジメマシテだな」 「トラファルガー……てめェ、なんで」 「理由はおまえの方が分かってるだろ?全力で避けてくれやがって……傷ついたぜ」 「……どの口が抜かしやがる」 キッドが憎々しげに吐き棄てると、ローはさも楽しそうに笑った。 まァ座れ、と隣の席を示されて、断る理由を見つけられないまま席につく。 顔見知り程度にはなった愛想の悪いバーテンダーは、注文せずともニコラシカをキッドに差し出して、あとは素知らぬ振りだ。 つくづくついていない、と苦く思いながら心なし少なめに盛られた砂糖の乗ったレモンを一噛み、酒を一気に流し込んだ。 キッドの舌には甘すぎるのが難点だが、喉を焼いていくアルコールは気に入っている。 口直しにと間髪入れずに差し出されるのはカミカゼだ。 それもまた味わうことなく喉の奥へと押しやれば、ウォッカの瓶を置いたローが緩く笑った。 「酒を愉しむこともしないのか」 「愉しみたきゃ、こんなところに来るわけねェだろ」 「……違いねェな」 何がそんなに楽しいのかと訊ねたいほどの上機嫌で、ローは空になったウォッカの瓶を振りながら次の酒を注文する。 愉しみ方を知らないのはどちらだというのか。 出されたスレッジ・ハンマーを水のように煽りながらローが視線を送ってくるのに、キッドは小さく溜息をついた。 船のコーティングを待つ間は何もすることがない、実に平凡な島……シャボンディ諸島。 無法地帯と呼ばれるグローブでさえ、キッドにとってはただの庭のようなものだった。 暇を持て余して順繰り巡っているうちに辿り着いたのがこの店だったのだが、明日からは餌場を変えざるを得ないようだ。 「なぁ、なんで避けてた?」 「……なんの話だ。もう酔ってやがんのかてめェ」 「酔ってるのはおまえの方だろう、ユースタス屋」 「ふざけんな」 睨みつければ声を上げて笑い始める。余程殺されたいらしい。 本気で酔っ払ってんじゃねェのか、とキッドが声を荒げたところで、無粋な侵入者だ。 「トラファルガー・ローに……ユースタス・キッドだな」 「手下も連れねぇで、余裕じゃねぇかよ賞金首!」 いつ壊れるだろうかと密かに楽しみにしていた店のボロ戸を蹴破って、現れたのは十人ばかりからなる賞金稼ぎの群れだった。 見た限り、知った顔はない。 航海中には何度か手強い賞金稼ぎにも出くわしたのだが、今度の集まりは揃いも揃って雑魚のようだ。 まったく、機嫌があまり良くないというのに。 鬱憤を晴らすまでの間、この相手が息をしているとは思えない。 無意識にキッドの唇から漏れた溜息を馬鹿にされたと取ったのか(実際そうだが)、逸った一人が大きな鉈のような得物を振りかざしてキッドに迫ってくる。 後に続いたその他大勢も同じように手に手に得物を持って、正面特攻の潔さだ。 逃げ惑う女の悲鳴と、野太い男の怒号。 今度こそ本格的な溜息をついたところで、一人目の男がローの拳を受けて壁際まで吹っ飛ぶのが見えた。 二分とかからなかったように思う。 屍累々、店の隅に積み上げてバーテンダーに札を握らせた。 後始末といってもこの無法地帯だ、外に放り出すだけだろうが、壊れてしまった扉とテーブルと、逃げ出した女の代金まで入れてそれなりに。 金はなくなったら奪えばいい。 この程度で懐が痛むはずもなかったが、二度と店に足を向けるつもりのなかったキッドは別れの挨拶も込めて色をつけておいた。 不覚にも下衆の血で汚れてしまった指輪を惜しげもなくぽいと捨てて店を出ていくキッドの後を、なんの躊躇いもなくローが追う。 ついてくるなと言っても男が聞くはずもなかったから、キッドは目もくれずに来た道を引き返した。 next.
短編を先にupしてしまいましたが一番最初に書いたキドロはこれです。 我ながらなんでこんなにクリーンヒットしてるのか分かりませんロー好きですロー。 title:the GazettE << Back