Siva

2012.05.26 02.額(祝福/友情)


「ッだー!!もう無理っス!!疲れたっス!!」

休憩っスー!!と叫んで体育館の床に転がったのは、他でもない黄瀬である。
床!冷たい!気持ちいい!と馬鹿みたいに単語で区切りながらごろごろと移動していく様は、まるで売り出し中のモデルとは思えない。
彼の挑んできた1on1に付き合っていた青峰は、呆れた顔でそれを見遣った。

「ったく、10本くれェで情けねえぞ黄瀬」
「青峰っちみたいな体力馬鹿と一緒にしないでほしいっス!」
「おいコラ歯ァ食いしばれ」
「ぎゃッ、モデルの顔になにするつもりっスか!!」

手持ち無沙汰にドリブルをついていたボールを振りかぶられて、黄瀬が慌てて顔を覆う。
バーカ、と舌を出しながら、青峰はひょいとボールを放った。
パツン、と小気味良い音がして、ボールは綺麗にリングを潜る。
ボードに当たることさえなく絶妙の距離感で放たれたそれに、はー、と黄瀬が長く感嘆の溜息を吐いた。

「やっぱすごいっスねぇ、青峰っち…」
「はァ?」
「テキトーに放ってるように見えるのに、絶対外さないじゃないっスか」
「馬鹿かテメェ。ディフェンスもいねえんだ、この距離で外すわけねえだろ」

さも当然とばかりに言い放たれて、黄瀬は苦笑を噛み殺した。
こんなときの青峰は、ともすれば自信過剰だと人から睨まれそうなものであるのに、黄瀬にとってはただただ格好良いばかりなのだ。
あとどれだけ練習して、あとどれだけ彼に挑めば、自分は彼のようになれるのだろう。
先は長いッスね、と床に転がったまま大きく息を吐いたところで、コツン、とドリンクボトルが顔の横。
あまりの気配のなさに一瞬びくりとしてボトルの先を見上げた黄瀬は、相手を確認するなり喜色満面の笑みを浮かべた。

「黒子っち!!」
「お二人とも、お疲れ様です」

「冷えているうちにどうぞ」とボトルを頬に押しつけられて、黄瀬がくすぐったそうに笑う。
ひどいっスよ、と返す声はその台詞を裏切って、表情のままに弾んでいた。

「なんだテツ、来てたのか」
「ええ。ちょっと前から拝見してたんですが、そろそろ休憩かと思いまして。部室から失敬してきました」

差し出されるドリンクボトルはなるほどよく見慣れたもので、受け取った青峰は寝転がる黄瀬から少し離れて腰を下ろした。
一軍の部室の一角にこういったものが綺麗に整理されているのは知っている。
よく桃井が引っ繰り返しては、片付けるのを手伝ったからだ。
夏場の水道水は温くて飲めたものではないからと、そんな我が侭な理由で小ぶりの冷蔵庫まで用意されているのは、「全国レベル」の肩書きが為せる業だろうか。
シャワールームが完備されていることといい、部室と体育館が複数用意されていることといい、中学校にしてはずいぶんと贅沢だ。
冷蔵庫には常にミネラルウォーターからスポーツドリンクまで各種ぎっしりと詰め込まれているから、黒子がそこから持ってきたのは容易に知れた。

喉の渇きにまかせてごくりと飲み下すと、ほの甘いスポーツドリンクがその渇きを癒してくれる。
キンと冷えた流れが心地よくて、青峰はしばし目を閉じた。
疲れたと言っていたのはどこへ飛んだのやら、きゃんきゃんとまるでじゃれつくように黄瀬が黒子に話しかけている。
ぽつりぽつりと返される抑揚のない黒子の言葉は青峰の耳にはずいぶん辛辣なもののように聞こえたが、黄瀬の話題が途切れることはない。
めげないというか打たれ強いというか、はたまた諦めが悪いとでもいうべきか。
しかしそんな黄瀬の性格はバスケットにもいかんなく発揮されていて、口にはしないが青峰はそれを気に入っている。
自身の経験不足を悲観せず、ただひたすら思うままに青峰に挑んでくる姿勢は潔くて好ましかった。
伝えてあげればいいのに、と言ったのは桃井だったが、冗談ではない。
黄瀬が知ったが最後、大喜びで尻尾を振った挙げ句、今まで以上にじゃれついてくるのが目に見えているからだ。

それにしても、と青峰は薄っすら目を開いた。
自分と黄瀬の間にちょこんと座った黒子は、青峰の方を見向きもしないで黄瀬とばかり話している。
対する黄瀬はといえばそれはもうご機嫌の絶頂で、青峰としてはなんとも面白くない。
二人の会話に加わらなかったのは青峰の勝手で、黒子も黄瀬も何やら目を閉じて考え事をしているように見えた青峰を無理に会話に引っ張ろうとしなかっただけなのだが、ガキ大将がそのまま大きくなったような青峰には、除け者気分は嫌なのだ。

「テツ」
「はい?……ッ」
「あ゛―――ッ!!!なっ、ななななにしてるんスか青峰っち!!」

座ってもまだ頭ひとつ小さい黒子をぐいと引き寄せ、ころんと倒れて上向いた額に口づけた。
間近で驚きに見開かれた薄い色の瞳と、面白いほど動揺して上擦った黄瀬の声に満足を覚えてにんまりと笑う。

「うるせえぞ黄瀬。テツはオレのだ」
「…いつボクがキミのものになったんですか」

可愛げのない台詞は聞かないふりで、腕の中に抱き込んだままもう一方の手でぐしゃぐしゃと黒子の髪を撫で回し、勝ち誇ったように笑ってみせれば、飛び起きた黄瀬が悔しそうに唇を噛んだ。
大事な主人を横から掻っ攫われたような表情に、むくむくと悪戯心が湧き上がる。
両腕でぎゅうと黒子を抱きしめて、白い頬にも口づければ、いよいよ泣き出しそうな表情で黄瀬がわめいた。

「ずるいっスずるいっス青峰っちばっかり!!黒子っち!!オレもー!オレもちゅう!!」
「黄瀬くんうるさいです」

馬鹿ですか、とばっさり切られて、まるでへたれる耳が見えるよう。
それでもめげずに額へのキスをねだって顔を近づける黄瀬を、黒子が遠慮なく手のひらで押しやる様子を笑って眺めていた青峰だったが。

「まったく、しつこいですね。キミは青峰くんと間接キスでもしたいんですか」

ボクの額ではなくご本人でどうぞ、なんてとんでもない台詞が聞こえてきて、理不尽にも黄瀬が殴られるまで、残すところあと三秒。




付き合ってない青黒のナチュラルおほもが愛しいですホモォ…