Siva

2013.05.13 寝ぼけてたから仕方ない


~真夜中 黒子side~


もぞり、肌寒さに目が醒めた。
体温があまり高くない黒子は、自室の布団は厚いものを、更に毛布は二枚重ねで眠っている。
使い古されたせんべい布団に薄手の毛布では、まだ寒い山の春ともなると黒子には少々心もとなかった。

「ん……」

もぞもぞと身じろぎして潜り込んでいた布団から顔を出すと、小さな豆電球を残して灯りはすべて消えている。
壁際の大時計は午前四時を指していて、夜も開けない今は一番の冷え込み時だ。
あちらこちらから聞こえてくるいびきに、自分の他はすべて眠りの中のようだと嘆息する。
寝静まる前には確かについていたはずの暖房も切られていて、仕方がないこととはいえ黒子は震える息を吐き出した。
自分の体温が移った布団の中、せめてもと身体をまるめてみるけれど大して暖かくもない。
すりすりと手やつま先を擦り合わせながら、黒子はじっと薄明かりの中に目を凝らした。

中学の頃は赤司が各個人に個室を用意してくれていたし、宿のグレードもやたらめったら高かったから気付かなかったことだ。
冬季合宿もなかったわけではないが、あまり寒い思いをした覚えがないのはなぜだろう。
はて、と考えながら壁を向いていたのをころりと寝がえりを打って、そうして飛び込んできた大きな背中にああ、と気が付く。

寒い思いなんてしなかったはずだ。
ひっつきたがりな青峰がことあるごとに黒子を抱き込むから、いつだって背中がぽかぽかと温かかった。
夏場は暑苦しくて仕方なかったのだが、冬はありがたかったのを思い出す。
二人でくっついていれば黄瀬が寄ってきて紫原が寄ってきて、ときどき赤司や緑間まで加わって、最終的には桃井が抱きついてくる。
帝光名物キセキだんご、その中心にいた黒子には風が当たる隙間などまるでなく、どんなに気温が低いときでも寒さなんて感じる暇がなかったのだ。

それが今はどうだろう。
広い背中は中学生のときよりもずっとがっしりとして逞しくなった。
そこには確かに黒子の知らない年月が流れていて、離れることを決めたのは自分のはずなのに、恨めしくさえ感じてしまう。
中学生の頃から背が高く、まだ成長期を終えていない彼は、きっとこの先もまだ時間をかけてその身体を完成するのだろう。
黒子みたいに鍛えても細いなんてことはなくて、必要な分だけしなやかな、バスケをするのに理想的な筋肉が付くはずだ。
腐っていた頃を除いたとしても、まだまだ彼が身体を作る余地は残されている。
一番そばで、とはいかないが、きっと自分はこの先を見守っていけるだろう。
よりいっそうバスケに打ち込んでいくだろう彼の未来を、容易に想像できることが嬉しくて幸せで仕方ないのに、胸の中にあるもやもやとした感情はどこからくるものだろうか。

(…なんでせなかなんかむけてるんですか)

いつだか赤司が「幸せそうな馬鹿面」と称した年相応にあどけない寝顔をさらして眠っていた青峰は、いつもこちらを向いていたのに。
寒い、と思えば訴えるよりも早く青峰が気が付いて、来るかとその腕の中に誘ってくれた。
眠っているときでも布団に潜り込んでいけば、意識のないままに抱きしめてくれたものだ。
それがいつのまにか大人びた顔になって、眠っているときでも眉間に皺を刻むようになって、果てには自分に背を向けて眠るなんて。

(あおみねくんのくせに、いいどきょうじゃないですか)

むっすりと膨れる黒子は、誰ひとり起きていないから気付く者もいないが、どこからどう見ても立派に寝ぼけていた。
冷えた自分の布団を抜け出すと、もぞもぞと青峰の布団にもぐりこむ。
ぐいぐいとなかなか動かない身体をそれでもどうにか押しやって、青峰の背中にぺったりと貼り付く。
伝わってくる体温は温かくて心地よくて、とくんとくんと聞こえてくる鼓動に安心して、すぐに眠気が訪れた。

青峰の体温に、青峰の匂い。
深く眠るには十分すぎるほど贅沢な環境がここにある。
惜しみなく与えられるそれに甘えて、黒子は深く息を吸い込んだ。

(……あおみねくんだ)

ふわり、胸の中が温かくなる想い。
その根源がどこにあるのか、まだ黒子は気付いていない。

彼の満ち足りた優しい眠りが妨げられるのは、まだ少しだけ先のことである。