Birth.     09.10.10






「遅くなって悪かったなぁ、ザンザス」


好きで参加するのではないパーティーから帰った後だ。
ここ一週間ばかり、任務でアジトを留守にしていた男が窓枠に腰かけていた。
銀糸が夜風になびく。もう涼しい、秋の風だ。
古い屋敷だが、4階ともなればそれなりの高さである。
よじ登ってきたのか跳躍してきたのか知らないが、わざわざ不法侵入とは暇な男だ。
いつか、そう、まだヴァリアーどころかボンゴレにすら男が属していなかった頃。
出会って間もなかったあの頃、スクアーロはよくこうしてザンザスの部屋を訪れた。


「う゛お゛ぉい、おかえりくらい言ったらどうだぁ。拗ねてんのかぁ?」
「カスが。あの程度の任務に堂々一週間もかけておいて何抜かしやがる」
「あ゛ー、だってよぉ、イタリアとロシアの端っこじゃさすがに……って、聞けよおい」


視線はすでに外れている。
珍しくきっちりと整えられたタイを乱し、床に放り投げながらザンザスは部屋の奥へと歩を進めた。
襟元まで閉じたボタンのおかげで息をするのも苦しいからだ。つまらないパーティーだった。
ひとつふたつと無造作に外して、指先で引っ張ってくつろげる。深く息をついた。
手に取るのはバカラのグラスと、昨夜呑み残したウイスキーだ。もういくらも残っていない。
冷えた水も氷も、いまは必要でない気分だ。適当に注いで、一気に煽った。


「う゛お゛ぉい、このアル中がぁ……」


もう若くねんだから、ちったぁ身体労れよぉ。
耳に痛い台詞が聞こえた気がして、ザンザスは呑みほしたグラスを投げつけた。
ばか、勿体ねぇ、と慌てた声がして、細い指先がすかさずグラスを受け止める。
手の中で弾ませることもなく収まった様子に、思わず舌打ちしたザンザスだ。
スクアーロはなかなか器用なのである。人の心を読むのだけは、あまり得意でなかったが。


「なんだ、帰ってこない方が良かったかぁ?」
「………」


ぎろりと睨みつける、紅い瞳には殺気が混じっている。
憎まれ口としては度が過ぎた失言だったろうか。
スクアーロはいつも失言ばかりだからわからない。

少しの間痛い視線をくれた後、興味を失くしたようにその紅はそっぽを向いた。
着衣を乱すだけでは足りなかったのか、とうとう上着まで投げ捨てる始末だ。
どうやら今日はこのまま寝る気らしい。
こちらには目もくれずに背を向けたザンザスに溜息をついて、また窓から失礼しようとスクアーロもまた体勢を入れ替える。
飛び降りるために桟を握った手に力を込めたところで、


「スクアーロ」


低い、不機嫌にも聞こえる声がそう呼んだ。
今度はなんだと振り返ると、寝室へと繋がるドアを行儀悪く脚で開けたザンザスが、その横の壁にもたれていた。


「とっとと来い」


くいと顎を上げてベッドを指すのに、素直じゃねぇな、そう笑った。
再び体勢を入れ替えて、スクアーロはこの日初めて室内に降り立った。
足音はない。そんなに野暮じゃないつもりだ。

誕生日は終わりを告げるかもしれないが、夜はまだまだ長いのだ。
まずは久しく触れていない、あの唇に噛みついてやろう。
決めて、スクアーロはザンザスの傍に歩み寄った。


fin.



09.10.10
誕生日なので。小話でした。