正に怠惰そのもので、     08.12.02 09.01.06掲載





「腹出てんぞ王子様よぉ……」

サロンへ踏み込むなり、スクアーロは嘆息した。
マーモンが任務に出て暇を持て余した王子様は、夢の世界へと旅だったらしい。
赤ん坊の代わりにふかふかのクッションを抱きしめて気持ち良さそうに、けれどどこか不満そうに寝息を立てている。
一般には微笑ましい光景だ。
ただソファからずり落ちたその姿と、仮にも暗殺部隊の幹部であるのが問題なだけで。

部屋は適温に保たれているが、秋も深まりかけたこの頃だ。
風邪などひかれてはたまらない。心配なんてものは微塵もしていないが、寝込まれて仕事を増やされるのは正直御免だ。
薄手の毛布を手に取ると、スクアーロは放り投げるようにベルフェゴールにかけてやった。
わずかにむずがるような仕草を見せたが、目を醒ました様子はない。
呑気なものだと苦笑した。
20歳もとうに過ぎたというのに、自分の半分ほどしか身長がなかった頃とまるで変わらない。
暗殺の腕は格段に上がったし、図体に比例してふてぶてしさも悪口も増したが、本質は潔いほど純粋なままらしい。
さすがにマンマと呼んだりはしないだろうが、すっぽりと身体をまるめたソファはゆりかごのようだ。
嘆くのではない、諦めたのでもない、言うなれば安堵の溜息をついて、スクアーロは手にしていた書類を広げた。
細かな文字の羅列には眼鏡を使用するようになったのだが、今日はどうやら自室に忘れてきたらしい。
指先でコツコツと肘置きを小突いた後、ベルフェゴールの対面にあるソファに深く沈み込んで、スクアーロは書類に視線を走らせた。
ボンゴレ有する企業の株価と世界情勢。ザンザスが気まぐれに落札した古美術品から昨日始末した標的まで、その内容は多岐に渡る。
頼むからヴァリアー名義で計上するなと思うのだが、今日はマーモンの金塊と目の前に転がる王子様のおやつ道具一式が届くらしい。
箪笥貯金にしては金塊とはずいぶんなものだし、イギリスのハイ・ティーのセットなどきっと3日で飽きるのだろうに、わざわざ特注で作らせるあたり理解出来ない。
だいたいおまえスコーン嫌いだろうが、とスクアーロは内心詰った。
「暗殺部隊」の書類が世界のおやつ・宝石・美術品リストでは格好がつかない。
なんだって揃いも揃ってと溜息を落とすころ、慣れた気配が近づくのが分かった。


「……なんだ、ルッスはいねぇのか」

入室する前には気配で察していただろうに、眉間に皺を刻んだ男はそう言い放った。
スーツを着込んでいないのは、珍しくオフだったからに外ならない。
少しばかり寝癖がついているように思うのは気のせいだろうか。

「よぉボス。ルッスなら朝から買い物に行ってるぜぇ」
「買い物?ホルマリンでも足りなくなったか」
「いぃや、極限な奴に似合いのスーツを見つけたとか言ってよぉ」
「ハ、ずいぶんと熱心だな」
「野郎、昔っからルッス好みの身体してっからなぁ」

書類を放ってスクアーロが笑えば、ザンザスが視線だけで同意した。
そのまま投げた書類にちらりと視線が移ったが、興味を惹くには足りないようだ。

「ルッス探してここに来たってことは、コーヒーでもご所望かぁ?」
「いや……いい、座ってろ」

腰を上げかけたスクアーロをザンザスが制し、そのまま歩み寄って隣に腰を下ろした。
そこで初めてベルフェゴールに目をやって、呆れたように溜息をつく。

「……おい」
「俺に言うんじゃねえぞぉ。入ってきたときにはああだったんだぁ」
「起きなかったのか」
「気配は察してんだろうが、ピクリともしやがらなかったぜぇ」
「………たるんでやがる」

言いながら、けれど起こそうとはしない。
気が殺がれたのだろうか、ザンザスはそのままずりずりとソファに沈んだ。
その様子に、今度はスクアーロが嘆息する。

「う゛お゛ぉい、寝んならベッド行けよぉ。二人も子守できねえからなぁ」
「……どの口が抜かしてやがる」
「い゛っ、痛でででボス!ほっぺ引っ張んなぁ!」

容赦のひとつもない力で頬を抓られて、生理的な涙が目尻に浮かぶ。
頭を振って離れた後もじんじんと痛んで、スクアーロは奥歯を噛みしめて低く唸る。
その昔と変わらぬ表情がお気に召したのか、ザンザスは唇の片側を上げるとごろりとソファに横になった。
人ひとりが寝そべっても十分な面積を誇るソファだが、いかんせんスクアーロも座っている。
必然、ザンザスの頭はその形の良い脚の上だ。

「……う゛お゛ぉい。俺の太腿じゃ、硬くて寝れねぇんじゃなかったのかぁ」
「てめぇにそう言ったことがあったか」
「つい一昨日言われたばかりだと思ったんだが気のせいかぁ?」
「は、知らねぇな」
「こんのクソボス…!」
「うるせぇカス鮫」

貧乏揺すりでもしてやりたい気分だったが、早々に瞳を閉じてしまったザンザスの態度に諦めた。
昔よりも伸ばした髪が傷の残る頬にかかり、ゆるやかな弧を描いている。
黒々としたその艶は、スクアーロは持たないものだ。
何とはなしにその髪を梳いて、襟足に小さな跳ねを見つける。
く、と漏れそうになる笑いを堪えたのは、我ながら上出来だ。
やはり自室で眠っていたらしい。
ルッスーリアを探しに来たのは眠気醒ましのコーヒーのためだったのだろうが、あてが外れたのをいいことに、再び惰眠を貪ることにしたようだ。

「…………でっけーガキども。」

呟くなり、ちりりと焦がされるような殺気を感じたが、どうやら今は制裁よりも睡眠を優先してくれるらしい。
起きた頃には忘れていてくれればいいがと願いつつ、スクアーロは書類の続きを手に取った。



その様子を、長い前髪の下に隠れて窺っていたベルフェゴールは。

(……起きれねーんだけど、このバカップル。)

ザンザスが入室したそのときから、実は完全に目を醒ましていた彼だ。
スクアーロ一人ならそのまま寝ていられたが、ザンザスまで来たとあっては落ち着いて寝てもいられない。
適当なところで寝返りをうってそのまま起きようと思っていたのだが、タイミングを失っていた。
残念ながら、このままもう一度寝るしかないようだ。
再び眠りを手繰り寄せるまで、それはそれは多大な労力が必要だろうけれど。
早くマーモン帰ってこねぇかな、とベルフェゴールは寝息に扮した溜息ひとつ、再びゆっくりと目を閉じた。


(王子が当て馬とかまじ殺してーよ、こいつら!)


fin.



08.12.02 09.01.06掲載
title:泣き給えよ
08.12.02〜09.01.06 WEB拍手掲載