Birthday Red Night     08.10.10





真っ赤な薔薇も
真っ赤なワインも
ケーキの上の真っ赤な苺も
あいつの赤には敵わない。


<Birthday Red Night>


「……あんた、どんだけ祝われたくねぇんだぁ…」

10月10日。
言わずと知れた御曹司の誕生日だ。
ザンザス自身は興味がないのか嫌っているのか、大して気に留めていないようだが、毎年何かしらを銘打って盛大なパーティーが催されていた。
ドン・ボンゴレの位が綱吉に移った後もその催しは受け継がれ、今年もまた巡ってきたのだった。
記憶が確かであれば、今年は綱吉の母親が洒落にならないほどでかいケーキを作るのだと張り切っていた気がする。
ヴァリアーの本部でも、今頃ルッスーリアがザンザスの好む物ばかりを用意していることだろう。
意外に好き嫌いの多いザンザスだ、料理ひとつに気合が入る。
…………だというのに、この男は。

「う゛お゛ぉい、そろそろ帰んねぇと本当に間に合わなくなるぞぉ?」
「うるせぇよ。目ぇ離してんじゃねぇ」

わざわざボスさんの見張りがいるほど難解な任務でもないんだが、と溜息をつきつつ、スクアーロは標的を見据えた。
怖々と辺りを窺いながら取引の行われる裏路地へ急ぐ中年の男が今日の標的だ。
つい最近新しい餌場を求めてイタリアへ移ってきたらしいが、よりにもよってボンゴレの領地に踏み入れるとは運のない。
薬を嫌うドン・ボンゴレはすぐさま粛清の命を出してきた。
このところ碌な仕事がなかったからと、小物斬りに名乗りを上げたのがスクアーロだ。
それがつい一週間前のことなのだが、取引が行われると連絡があったのがよりにもよって今日この日だった。
すまなそうに連絡を入れてきた綱吉の意図はよくよく理解していた。

「とっとと斬って仕舞いにするからよぉ、あんたは早く戻れよ。抜け出してきたのバレてんだろぉ?」

先ほどから、ザンザスの胸元で無線の電源が入るのには気づいていた。
十中八九、相手はザンザスがいないことに気づいた綱吉だろう。
任務中はどれだけ無線を繋いだところで応答しないのは分かり切っていただろうが(現にスクアーロの無線は切られている)、
まさか初め渋々とでも出席してくれた誕生祝いの最中に、当の本人に抜け出されるとは思わなかったのだろう。あちらさんも必死だ。

「十分付き合ってやっただろうが。後は勝手にすりゃあいい。どうせ誕生日にかこつけて騒ぎてぇだけだろう。目出度くもねぇ」
「ケーキの蝋燭も吹き消さねぇで、十分て言えんのかぁ?」
「30本も蝋燭立ててみろ。ケーキじゃなくて燃え盛る剣山だドカスが」
「一口くらい食ってくりゃいいのによぉ」
「帰ったらてめぇの下品な口に塗りたくってやる」
「う゛お゛ぉおいそういうのセクハラって言うんだぞぉ」

どこの口だか分かりたくもねぇ。
肩をそびやかして、スクアーロは呆れたふりをしてみせた。実行されてはたまらない。
視界の端に置いておいた男は、こちらの気配を微塵も感じられてはいないだろうに、意味のない警戒を続けている。
マフィオソに名を連ねてどれほどになるかは知らないが、生憎とこちらから見ればそんな警戒は赤子のそれに等しい。
よくよく見れば線の細そうな男だ。
ここで躍りかかって剣を突き付けたなら、それだけで昇天しそうにも見える。
懐に呑んだ銃の扱いにもあまり馴れてはいなそうだ。

「つまんねぇ任務引き受けちまったなぁ。下っ端にでも任せりゃ良かったか」
「その下っ端から仕事かっぱらった奴が今さらほざいてんじゃねぇよ」
「はは、だなぁ。……で、再三繰り返すようで悪いけどなぁ、ボスさんよぉ。もう11時だ。今帰りゃ20分には着けるだろぉ」
「うるせぇよ。とっとと行け」

犬でも追い払うような手つきで行けと言われて、眉間に皺を寄せながら立ち上がる。
いくら言って聞かせたところで、ザンザスには意味を持たないようだ。
巻きつけた剣を一度振って、深い呼吸をひとつ。
スクアーロは夜の闇に溶け込んだ。



銀糸がたなびくのを見送って、ザンザスは胸元の無線を繋いだ。
途端に嫌というほど聞き慣れた声が飛び込んできて、うんざりと眉をひそめる。
成人してもあまり低くならなかった声は、怒気をはらんでも恐怖をあおるものではないが、聞くに愉快なものでもない。

『ザンザス!?いまどこにいるんだよ、誕生日終わっちゃうだろ!』
「うるせぇ。風の音が聞こえねぇのか、外にいるに決まってるだろ」
『外ってどこだよ!乗り気じゃないのは分かってたし、スクアーロがいなくて退屈してたのも分かるけどね、ちょっとは大人の事情に付き合ってよ!』
「てめぇがどのツラ下げて大人の事情だなどと抜かしやがる」
『昔からいるボンゴレの人だとかさぁ、まだ君達のこと信用してないんだよ!こういう行事に付き合うからまだ波風立たないわけで』
「くだらねぇ。信用されようがされまいが、そいつらの命もこっちの気分次第なのを分かってんだろうな」
『あーもー物騒なこと言わないでよ、胃が痛くなる!』
「いい薬屋を紹介してやろうか」
『いらないってば!とにかくすぐ戻ってきてよ、どうせスクアーロの所にいるんだろ!?』
「なんだ、得意の直感か?」
『ザンザスが抜け出す理由なんか毎回決まってるじゃないか!』
「うるせぇな。オレがいなくても後はてめぇらで勝手にすりゃあいい」
『主賓がいないのにケーキなんか食べれないよ!』
「代わりにあの牛野郎にでも吹き消させりゃいいだろう」
『ランボだってもうそんな年じゃない!』
「十と少しなんざまだガキだ」
『そういう問題でもないんだよ、とにかく帰ってきてってば!』
「そろそろ飽きた、切るぞ」
『飽きた!?飽きたってなんだよ、ちょっと、ザンザス!?ザン』

夜風に血の臭いが混じるのに気づいて、胸元でうるさい無線を指先で潰す。
ぱきりと軽い音を立てて、脆い機械は古い屋根に散った。
電波の向こうでわめいていた相手はいまごろ呆然としているだろうか。それとも地団駄を踏んでいるだろうか。
想像に難くないそれに、ザンザスは唇の端を持ち上げる。
見上げた月は満月には少しばかり足りなくて、妙に赤い。なんとも狂気をそそる夜だ。
こんな夜に、室内で楽しくもないパーティに興じるなど馬鹿げている。
血が騒ぐ、というほど若くはないが、何も感じずにいるほど腑抜けてもいない。
こんな夜には欲しくなるものがあるものだ。
知らずにいる綱吉が少し哀れにも思えてくる。
とりとめもなく思ううちに血の臭いが一段と濃くなって、闇に紛れていた気配が身近になった。

「まだ居たのかよ、あんた」

呆れた口調のスクアーロも、赴く前からザンザスにその気がないのは知っていたはずだ。
仕方のない、と首を振る様子にはわずかに苛立ちを覚えもしたが、今さら手を上げるほどザンザスも子供ではなかった。

「早かったじゃねぇか」
「どっか抜けてんじゃねぇのかぁ、あいつ。背後に降りたってのに気づきもしなかったぞぉ」
「取引の相手は」
「殺ってきた。このバッグが戦利品だぁ」
「は、大したことのねぇ量だな」

小さなバッグを投げて寄越して、スクアーロはザンザスの横にどっかりと座りこむ。
一応は拭ってきたようだが、長い剣の腹には掠れた赤が残っていた。
赤い月の光を浴びて、それが鈍く照り返す。
ぞくりと何かに沸いて細められるザンザスの瞳には気づきもしないで、スクアーロが己の時計に目をやった。

「あ゛ー、ほら、もうあと2分しかねぇじゃねーか。明日ツナヨシ怒んぞぉ」
「ハ、知ったことか」
「あんたなぁ……愚痴られんのはオレなんだぞぉ」
「ガキのお守りなら得意だろ」
「……あんたのご機嫌取りなら得意だけどなぁ」
「フン……言うようになったじゃねぇか、スクアーロ」

名前を呼ぶ、その声音にようやく何か気づいたのだろうか。
スクアーロが弾かれたように顔を上げる。
そうして対峙したザンザスの瞳に、スクアーロの銀灰が戸惑ったように熱をはらんで揺れる。


「ッ……てっめ、こんなときに名前呼ぶのは反則だろぉ……っ」
「そういう顔は昔から悪くねぇんだがな」


満足そうに笑ったザンザスが近づいてくるのを、スクアーロはどこか遠いことのように見守った。
目くらい閉じろと促されて、挑むように視線で笑む。やられてばかりの子供でもないのだ。


「……Buon Compleanno,XANXUS」


ゆるやかに弧を描いた唇に、噛みついたのか噛みつかれたのか。
境界は既にわからなかった。


fin.


08.10.10
Buon Compleanno,XANXUS!