ask for the moon     08.08.17 08.08.22掲載





自室を出るとすぐに、金髪のティアラに見つかった。
厄介な相手だとわずかに息を吐いたが、口元にからかいの笑みはない。
腕に抱いた赤ん坊も、どうやら昼寝の時間らしかった。

「なんだよ、またボスのとこ行くの?」
「……別にどこだっていーだろぉ」
「ま、見なかったことにしてやるけどね」
「気色悪ィ気遣いをありがとなぁ」

憎まれ口を叩くのに、返ってくる罵声はなかった。
それがどうにも居心地を悪くして仕方ない。
振り返りもしない細身の背に、かける言葉はなかったけれど。


ask for the moon
XANXUS×Squalo


イタリアへ送還されて三ヶ月を過ぎた。
下されるはずの処分はいまだ決まらず、ボンゴレの上層部で言い争いが続いているらしい。
日本を出るときには流石に意識を失っていたが、いまでは支えがなくても歩き回れる程度には回復している。
武器の類は没収されて久しいから、馴れた重みがないのが少し落ち着かなかった。
ベッドに縛り付けられていたルッスーリアが動けるようになったいまでさえ、ザンザスの意識は戻っていない。
集中治療室からは出されたが、点滴を繋がれた姿で昏々と寝入っている。
白いベッドで白い着衣を纏ったザンザスは、血が通っていないようで薄ら寒かった。
窓際にはレヴィあたりが持ってきたのか、真っ赤な花が飾られている。
恐らくはザンザスの瞳に合わせたのだろうが、よりにもよって赤色の鉢植えとは縁起でもない。
ただの迷信に過ぎないとわかっていて、それでもなお排除したいのだと思うほどには焦がれていた。

「いよぉザンザス、変わりねぇかぁ?」

ノックもなしに乱暴に扉を開けてみても、お決まりの灰皿が飛んでくることはない。
誰かが先に訪れたのだろうか、細く開けられた窓から吹き込む風に煽られて、白いカーテンが揺らいでいた。
どこもかしこも真っ白で、闇に生きてきた自分達には似合わない。
溶け込むように寝息を立てるザンザスの側まで近づいて、背もたれのない椅子に腰を下ろした。

「……傷は、すっかり消えたなぁ」

あのとき浮き出た古傷は、もう褐色の肌の下だ。
固めずに下ろされた前髪と閉じた瞳のせいで、年齢よりも幼く見える。
寝顔だけは、成長を止める前と大して変わらない。
二度の凍結は、彼の心身に相当の負担を強いたのだろう。
肉体の回復以上に、精神の回復に時間がかかっている気がした。
包帯が巻かれたままの手を伸ばして、ザンザスの前髪を梳いてみる。
わずかさえも表情が歪むことはなく、あまりに無防備な姿にこちらが参った。

「似合わねぇよ、あんたには」

こんなとこ。
溜息をつくように、噛みしめるように口にした言葉は、8年の昔にも上らせた台詞だ。
冷たく暗い地下の部屋で、冷気を発する鉄の箱に触れながら囁いた。
何度通ってもザンザスの姿を見ることさえ叶わず、ずいぶんと気を揉んだものだ。

「あんたは……待たせんのが得意だなぁ」

8年を過ぎて束の間の再会の後、また深い眠りについてしまった。
次に目覚めるのは、一体いつになるのだろうか。

「……また8年は、流石に待ってやれねぇぞぉ」

触れた温もりを知らないままなら待てたかもしれない。
姿を見ないままなら、こんなにも近くに感じなかったら、何年でも待てたかもしれないけれど。

「あんた、ここにいるんだもんなぁ」

頬に触れれば、確かな温もりが感じられる。
陽の当たる部屋で、誰に面会を禁じられることもないままに触れることが出来る。
そんな状態で8年も我慢出来るはずがない。

「さっさと目ぇ覚ませよ、クソボス」

殴るでも。蹴るでも。
好きに罵ってくれていいから。
二度も約束を果たせなかった自分を、責めてくれるだけでいいから。

「マゾの気はねぇつもりだけどなぁ、一日一度は怒鳴られねぇと落ち着かねぇんだぁ」

苦い感情を言葉に乗せて、深い溜息をつく。


「……じゃあな。もう、来ねえよ、ザンザス」


今度はこちらが待たせる番だ。
待ちくたびれたら起きてくればいい。
それくらいの我が侭は、許されたっていいだろう?


機械の告げる規則的な心音。
かすかに上下する胸元。寝息。
意外に長い睫毛が震えて、その後に続く緋色を望んでしまう、けれど。
未練がましい己に苦笑をひとつ、目を閉じて額を寄せる。



触れた唇は温かかった。


fin.



08.08.17 08.08.22 掲載
08.08.17〜08.08.22 WEB拍手掲載