酔っ払いと新妻(仮)     08.08.16 08.08.22掲載





「あんた、はよぉ……一体なんべん言ったら理解すんだぁ?」


酔っ払いと新妻(仮)
XANXUS×Squalo


積み上げられたグラスの山と床に転がる酒瓶を交互に見て、スクアーロはぎりぎりと奥歯を噛みしめながら言葉を紡いだ。
男の酒癖の悪さはいまに始まったことではないが、ここ最近のそれは常識という言葉が虚しく感じるほどだ。
酒には並はずれて強いといっても、そう若くもないのだから休肝日とやらを作ったらどうなのだ、
と口に出したら命がないだろうことを本気で思っている。

「うるせぇ……寝かせろ」

スクアーロの心中など少しも察しはしないで、椅子に埋もれるように眠っていた男がかすれた声を出す。
寝起きだからか酒焼けからか、妙な色気を含んだ声は耳に毒だ。

「寝んのは構わねーけどなぁ、せめてベッド行ってくんねぇかぁ?」

案外に風邪をひきやすいザンザスは、冬はもちろんのこと、夏も気がつけばゲホゴホとやっている。
熱い盛りだとはいえ、栄養不足と睡眠不足が重なっては、風邪をひくのも時間の問題だろう。
椅子では体も休まらない。

「めんどくせぇ……ここでいい」
「あんたが良くても俺がよくねぇ」
「姑かてめぇは」
「せめて母親って言えぇ!!」
「うるせぇよママン」

こちらは心配してやっているのだというのに、相変わらず口の減らない。
それがザンザスの質だと知ってはいるはずが、負けず嫌いの気性が災いしてか、スクアーロも我慢が足りなかった。
言い争っても最近密かに気にしている小皺が増えるばかりだと理性が訴えてはいるのだが。
眉を寄せて悶々と考え始めるスクアーロをよそに、ザンザスが小さくくしゃみをする。
半ば反射としてそれに反応したスクアーロがわし掴んだブランケットを投げかけるまで、数秒とかからなかった。

「痛ぇよドカス」
「ブランケットに痛ぇもくそもねぇだろうがぁ」
「力いっぱい投げつけやがって」

言いながら、空調のきいた室内は寝起きの身体には寒かったのだろう、大人しく包まってずびと鼻を鳴らす。
うとうとと珍しく本気の睡魔に侵されかけているらしいザンザスを見ながら、シロップ型の風邪薬はまだあったろうかとつい案じるスクアーロだ。

「う゛お゛ぉい、また完全に寝る前にベッド行けよぉ。今なら肩くれぇ貸してやるぞぉ」

ベッドに運んだら薬箱の中身を確認して、デコに貼るアレは嫌いだから氷嚢を用意して、水差しを持ってきて部屋中に散らばった酒瓶を残らず撤去して、
目が覚める頃に適温になっているようこの間教わったおじやとやらを作ってみようか。……土鍋なんかここにあっただろうか。
ボンゴレの屋敷まで借りに行ったら馬鹿にされるなぁ、と自分の思考に溜息をつきながら、ふと上げた視界にもぞもぞと体勢を変えるザンザスが映る。
これだけ言っているのにまだ聞かないのか、と、とうとうスクアーロのこめかみに青筋が走った。

「う゛お゛お゛ぉおい!!寝んなっつってんだろうがクソボスがぁ!」

びりびりと窓を震わせるほどの大声に、いつの間に手にしたのか、ガラスの灰皿が飛んできた。
毎度のそれを間一髪で避けるが、その陰に隠れてもうひとつ、同じ軌道を辿ってきたステンレスの灰皿に額を打たれる。
ザンザスがステンレス製の安っぽい灰皿を使うはずもなく、攻撃専用に買ったのだと思えば呆れで怒りも収まるだろうか。
相手は酔っ払いだ大人になれ、と歯がみしながら己に言い聞かせ、スクアーロはザンザスに向き直った。

「お姫様抱っこで運んでやろうかぁ、ボスさんよぉ」
「ルッスーリアでも抱いてやがれ」
「気持ち悪ィこと抜かしてんじゃねえぇ!」
「俺がてめぇの腕の中に居んのも十分気持ち悪ィだろ」

ああ言えばこう言う。
腕でも口でもザンザスに勝てた試しがないのだ。
どこかで区切りをつけなければならない、が、ここでもやはりスクアーロの性格が邪魔をする。
それでも、互いに折れることを知らない二人の口喧嘩の行先はたかが知れていた。
スクアーロが言い負かされて渋々黙るか、怒り爆発で背を向けるか、――――あるいは。
事実、その結末を知っているから、スクアーロのあれだけの大声にも誰ひとりとして執務室に飛び込んでこないのだ。




「だいたい、風邪くれぇひいても問題ねぇだろうが」
「あ゛ー、わかった、わかってる、もう好きにしろぉ」

なかば開き直ったようなザンザスの台詞に、付き合えたことかと投げやりな返事をしたスクアーロは、


「どうせてめぇがそばにいるんだろ」


薄く笑んだ唇から出た殺し文句に、首まで真っ赤にして黙り込むのだった。


fin.



08.08.16 08.08.22 掲載
08.08.16〜08.08.22 WEB拍手掲載