銀鎖     07.02.06 07.03.23掲載




鎖が欲しいと思ったのは何度目だろうか。
足元に転がる銀髪を冷たく見下ろしながら、ザンザスは小さく息を吐いた。


銀鎖
XANXUS×Squalo


寸分違わず鳩尾にくれてやった蹴りは、呼吸困難を引き起こしているに違いない。
死なないことは知っていたから、加減はしてやらなかった。
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、それでも口元は笑みに歪んでいる。
ち、と舌打ちをひとつ打って、もう一度下から蹴り上げれば、
うつ伏せていた身体が仰向けになって2、3歩の距離を転がった。
毛足の長い絨毯の上に、伸ばし続けている銀糸が雑に広がる。
その髪に隠されて、男の浮かべる表情はおぼろだったけれど、やはり確かに笑っていた。


「…何度目だ、てめえ」


訊ねながら、わずかに腰をかがめて広がった銀を無造作に掴む。
そのままぐいと上に引き上げれば、苦痛に歪んだ顔がついてきた。
ぱしぱしと忙しなく瞬きを繰り返す銀の双眸と視線を合わせると、
「…ハ、忘れたぁ。」
聞こえて、そのまま床に叩きつける。
ぐぅ、と呻く声が耳に届いて、間髪入れずに散々痛めつけた腹部に足を落とした。
「が…っ!」
短く濁った悲鳴をあげる銀髪の呼吸が一瞬途切れて、それから失った分を取り戻すように咳き込み出す。
殺す気かぁ、唸るのが聞こえて、殺してほしいんだろ?問うてやった。
「ッは……はぁ…」
転がったまま横を向いて息を整える、そのすぐ側にしゃがみ込んだ。
落ちた影に気づいて見上げる銀髪の、首の後ろに手を回して持ち上げる。
中身は空じゃないかと疑っていたが、持ち上げてみれば人間の頭は重いものだ。
合わせたままだった視線の意図に気づいて、銀の睫毛が伏せられる。
整ったばかりのその呼吸を、まるで貪るように噛み付いた。
「ン…!」
下唇をぎりと噛んでやれば、痛みに呻いて細い眉の根を寄せる。
血が滲むほどにいたぶってから、やんわりと舌先でなぞってやった。
舌の先に感じるのは、流れる命の苦い残滓だ。
鉄臭いはずのその味が、どうしてか嫌いではなかった。
噛み付いて、啄ばんで、幾度か舌先で擽ると、ゆっくりと唇が開かれる。
すかさずその隙間に舌を潜り込ませて、奥で脅えた舌を引き出した。
いくらか唇が強張っているのは、たぶん、舌を噛まれる恐怖から。
もはやそんなつもりはないのだと、殊更優しく絡めてやれば、戸惑った舌先は素直に反応を返した。
「っん、ぅ、」
上顎をくすぐって、力の込められる瞼を間近に見る。
わずかに濡れた銀色の睫毛が、やけに綺麗に光って見えた。
くい、と引かれた感触がして、視線でその先を追うと、義手でない方の手がザンザスの上着をシャツごと引っ張った様子だった。
だんだんとバランスを崩して掴まれた側に落ちていく上着を自ら捨てて、首に回したのとは逆の手でスクアーロの身体を支える。
ようやく安定を得た身体がザンザスにすがって、唇を離したその舌先でわずかに戯れる。
ゆっくりと離れたそれを名残惜しげに銀の糸が繋いで、やがて切れた。
「ザン、ザス」
すっかり乱れた呼吸に主の名を乗せながら、スクアーロが真っ赤に熟れた唇を歪ませる。

「てめぇにも、独占欲なんてもんがあんのなぁ。」

笑うのを、うるせぇよ、再び塞いでやった。
そうして間近に見た銀の瞳が、満足そうだったのは見ないふり。
首筋に残る、刻んだ覚えのない紅い痕も。
髪から香る、金髪の少年が好むコロンの匂いも。

知っている。
この銀色が求めるのは、己の持つ漆黒と深紅であることを知っている。
ただそれだけであることを、頭じゃなく感情じゃなく、例えるなら本能が。

それでも。

時折り気をひくようにして、この男は戯れる。
過去に何度も繰り返された悪ふざけ。
すべてが嘘偽りなのだと、己が受け継いだ直感は告げてくるけれど。
わきあがる感情は、そんなものは容易く飲み込んでしまって。

鎖が。
この傲慢な銀色を、繋ぎ止めておく鎖があれば。

底意地の悪い戯れが出来ないほど、
どこかを見るいとますら与えないほどに、
繋ぎ止めておけたなら。

(こんなにも無様に焦がれたりはしないのに。)

fin.



07.02.06 07.03.23 掲載
07.02.06〜07.02.14 WEB拍手掲載