Remind story     07.02.07




「…あんま見んなよ」

みっともねぇから。
苦笑混じりの聞きなれた声は、やけに懐かしく耳に届いた。
いっそ潔いほど雑に巻かれた包帯を解きながら、現れてくるのは変わらず白い肌と、真新しい傷痕。
縫った痕も、縫わずに処置された痕も、数え切れないほど。
既に過去になった傷痕の数は知っていたけれど、また幾つ増えたのか。
そろりと触れる指がらしくなく震えているのには、気づかないでほしかった。

「勝手に、こんな増やしてんじゃねえよ」

声音はどうにか震えなかった。
いささか掠れていたのは、隠しようもなかったけれど。
それに気づいたのか否か、苦笑を深めたスクアーロが溜息混じりに言う。

「悪かったなぁ。けど、あれで無傷なわけねぇのはわかんだろぉ?」
「だとしても、だ。」
「…ボスさんは我儘だなぁ」
「うるせぇよ」

口答えすんな。
傷のない側の耳元に吹き込んで、あらわな肌を抱きしめる。
のろのろと背に回ってくる腕が同じようにザンザスを抱きしめて、無意識に安堵の息が漏れた。
変わらない長さの銀糸に彩られた首筋。
抱いた裸の背から、指先に伝わる温もり。
記憶と寸分違わぬそれに、二度とは触れられないものだと思っていた。
虚しく幻だけを抱きしめるものだと。

「…ボス」

痛ぇよ。
聞こえた抗議はそれでも、驚くほどに柔らかい。
背の腕は変わらない力でザンザスを抱きしめていて、それが心からの声ではないのだとわかった。
肩口に顔を埋めて鼻をすり寄せると、くすぐったそうに喉が震える。
気まぐれに歯を立てて、ひとつだけ己の痕を残した。

「う゛お゛ぉい、流石に傷がひらくぜぇ?」

先の行為を思ったのか、わずかに焦りを滲ませて笑う。
ベッドの上で死なれちゃ面倒だ。言えば、
手厚く葬ってくれよなぁ。笑えない冗談が聞こえた。

「…ドカスが。二度とあんなのはごめんだ」

二度目は笑えるかどうかわからない。
いつか来るそれを思うだけで、背が凍る。
いつかこれは自分のために死ぬのだろうと分かっていて、けれどそのときに生き残ろうとは思えない。
もしも自分が先に逝ったなら、これも迷わずに追ってくるのだろう。

「……ザンザス」

最後にそう呼ばれたのは、いつだったか。
ずいぶん遠い昔のような気がして、けれど耳には心地良く馴染む。
抱きしめる腕の力がゆるりと弱まって、応じて、背に腕は回したまま、間近にある瞳と向かい合った。
澄んだ銀色の中に、己の紅が存在している。

「生きてる」

生きて、おまえの前にいる。
だから泣くな、そう聞こえて初めて、そういえばやけに目の奥が熱いのだと気づく。
義手でない方の手が古傷のある頬に触れて、ただ一筋、濡れた痕を拭った。
それから、その後に触れる柔らかい温もり。
唇だと気づくのには、少しの時間が要った。


「…あんたが、泣くとは思わなかったぜぇ?」

からかうように、それでいて綺麗に笑うから、その頬の傷が惜しいと思った。
縫われたばかりで引き攣った皮膚に触れて、その傷が続く最後まで辿る。
痛い、とも、眉を顰めることすらもせずにそれを好きにさせて、スクアーロが言葉を継ぐ。

「おかえりのキスは、くんねぇのかぁ?」

悪戯の混じったねだる声に、調子に乗るな、と頭突きをひとつ。
抗議が聞こえてくる前に、その唇に噛み付いた。

fin.



07.02.07
企画に投稿させて頂きました。