昼下がりの憂鬱     07.01.10 07.02.06掲載




「腹減った…」

目が醒めると、すでに昼近かった。
寝乱れた髪をかきあげて、一瞬、ここはどこかと迷う。
きょろ、と目を動かせば、見慣れた室内が飛び込んできて溜息が出た。
「…ったく、どこ行ったよぉ、御曹司…」
部屋の主の姿は見えない。
探ってみたけれど、ベッドの中に自分以外の体温は感じなかった。
昨夜酷使された腰は痛いし、まだ寝足りないのか瞼も重い。
けれどこれ以上ベッドを温めているわけにもいかないのだと、スクアーロは己に鞭打って起き上がった。
途端、見計らったように隣室へ続く扉が開く。

「お、」

姿を見せたのは、紅い瞳に不機嫌を乗せた、ザンザスその人で。
スクアーロが身体を起こしていることに気づくと、ち、と舌打ちをひとつしてベッドへと近寄ってきた。
「どこ行ってたんだぁ、ザ……う゛お゛っ」
急に視界を覆ったのは、ザンザスのてのひら。
そのままぼすりと不必要なほど大きな枕に押し戻されて、文句が飛び出す前に唇は塞がれた。
「ん、ぅ」
おはようのキスなんて柄じゃないが、それにしては少し深い。
昨夜の記憶ほど激しいものでもなかったが、挨拶の度は過ぎていた。
相変わらず目元は押さえられたままで、上向かされたためか息が苦しい。
離せ、の意を込めて肩口を叩くと、下唇にゆるりと歯を立ててザンザスが離れていった。

「ッ、は、…んだよぉ…」

ずいぶんご機嫌ナナメじゃねぇか。
ようやく自由になった視界にザンザスを映しながら問えば、苦々しげに相手が答えた。

「てめぇにヴァリアー入りの話が出てる」
「あ゛ぁ?ヴァリアー?てめぇんとこのか」
「そうだ」

ヴァリアー。
ボンゴレの暗部。

スクアーロの実力を聞き及んだらしいボンゴレの幹部会が、ならばとスカウトに乗り出したらしいのだ。
「は、てめぇんとこも案外暇だなぁ」
オレみたいのにまでチェック入れてる余裕あったのか、とスクアーロが続ける。
ボンゴレは愚か、どこの組織にも組していない。
ただ己の剣をみがくがためにそれを振るっていただけだ。
名高かったらしい殺し屋も、幾人かその血を吸ってはきたが。

「んで?オレがそのヴァリアーとやらに入るのはご不満なわけかぁ、ザンザス」
「うるせぇよ」
不満か、と訊ねられて、ザンザスは知らず眉を顰めた。
その顔がまるで気に入りの玩具を横から取られたようなのだと、ザンザス自身は気がついていただろうか。
見たことのない顔だとスクアーロは思った。
盛大にからかってやりたくもあったが、ふとした思いつきにそれは打ち消される。

「なぁ、なんかいたろぉ。強ぇのが」

名前までは覚えていなかったが、ヴァリアーといえば剣帝の支配下にある。
己の剣術を極めるために、避けては通れない道だと思っていた。
いずれ、とは思いつつも、ザンザスのファミリーの者であるし、そう都合良くは出歩いてくれない。
長くでも待つつもりでいたのが、少しばかり早くなっただけだ。
スクアーロの思惑は別として、唐突に投げかけられた言葉に、ザンザスの目がスクアーロを向いた。
「テュールのことか?」
「おー。それと勝負させろぉ」
間髪入れずに返ってきた答えを、一度は飲み込みそこねた。
咀嚼して、飲み込んで、反芻してようやく頭に届いたそれに、
「馬鹿か、てめぇ」
「んだとぉ!?」
簡潔な一言に食ってかかってくるのを手で制して、ザンザスは溜息をつく。
馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。

「テュールは現ヴァリアーの長だ。てめぇが敵うか」
「オレが負けるってのかぁ?」
「てめぇが今までに斬ってきた相手とは格が違う」

格。そう、格が違うのだ。
スクアーロが弱いというのではない。
中途半端な強さに、ヴァリアーはその目を向けたりはしない。
ヴァリアーに認められて、けれどなお遠い存在なのだ。
数えるほどにしかその腕を見たことはなかったが、今までにザンザスが見た他の誰より、剣帝の力は強かった。
「関係ねぇよぉ」
間の抜けた答えに鋭い目を向けてはみたが、それに動じる様子はない。
続きを促してやれば、

「あいつとオレとは、対峙したことがねぇ」

やけに自信たっぷりに、獰猛な笑みを浮かべて言った。
百聞は一見にしかず、を、どこか勘違いした方向でとらえているようにも思う。
聞くだけではその実力はわからないというが、実力を知ったそのときに、生きていられるとでも思うのか。
真顔で問うても、スクアーロの表情は変わらなかった。

「まぁ見てろぉ、御曹司」

面白ぇもん、見せてやっからよぉ。

不敵に笑う顔は、すでに血を求めている。
これ以上どう言ってみたところで、目の前の相手は聞く耳を持たない。
再び溜息をつくのに、スクアーロは両の手でザンザスを引き寄せた。
それに大人しく身を任せてやりながら、誘われた唇に噛み付いてやるのだった。

fin.



07.01.10 07.02.06掲載