CAROLS(中)     06.12.21




「おおボス、食い終わったのかぁ?」

食堂を後にして歩を進めると、目の前に広がるツリーの下でスクアーロがプレゼントを物色していた。
目移りするのか拘りがあるのか、まだどれひとつも手にしてはいない。
ツリーの真下まで歩いて、ようやく一つの箱に手を伸ばした。

「ルッスが買ってきたんだけどよぉ、」

これ全部。すげぇだろぉ?
言いながら、べりべりと包装を破いている。
どうやら青色のリボンが気に入ったらしい。
中から出てきたのは、スクアーロが気に入りの、けれどあまり自ら求めることのないブランドの衣服のようだった。
う゛お゛ー!と歓喜する声が聞こえてくる。

「さっすがルッス、太っ腹だぜぇ」

スクアーロ程度にこれだけ金をかけたとすると、尚更金のかかるお子様組には何を用意したのか。
ベルフェゴールは確か新しいベルトを欲しがっていたし、アクセサリーも手元にあるものには飽きたのだと漏らしていた。
マーモンは現金以外は所望しない。
空箱が5つ6つ転がっていたから、きっとそれらを持って引き上げたのだろう。
それでもプレゼントの箱はずいぶんな数が余っていた。
先ほど開けた箱を片手に、スクアーロが辺りをぐるりと見回す。

「まだ足んねぇのか」

訊けば、違ぇよぉ、と視線は足元に向けたまま上機嫌な声が答えた。
きょろきょろと彷徨わせていた視線を、あ、と止めて、嬉しそうな顔で歩いていく。
そしてまた一つの箱を手にして、

「ボスはやっぱり赤だなぁ?」

に、と珍しく邪気のない笑顔を向けてきた。
興味ねぇよ、と返すのをすっかり聞き流して、赤いリボンに飾られた箱も同じように包装を剥がす。
なるほど、思考が読み易いとはよく言ったものだ。
最も、それほど複雑な思考回路を持った相手ではないが。
細長く厚みのあるそれを開ければ、顔を出したのは年代物のワインだ。

「うお、どんだけ愛されてんだぁボス」

見ろよ。
掲げられたのは、シャトー・ペトリュス、1915年。
フランスのボルドー地方ポムロール地区産まれ、赤のフルボディは150万を超える代物だ。
「当たり」との言葉は、スクアーロが赤いリボンを選ぶことだけを指したものではなかったらしい。

「悪くねぇな」

久々にワインもいいだろう。
せっかくの、世間的にはめでたいらしいこの夜だ。
つまみは適当に厨房に用意させてもいいし、ワインだけでも十分な物。
ゆったりと更けていく夜には丁度良いかもしれない。

「なぁ、これ、もう寝かせてやることねぇんだろぉ?」

酒好きの銀髪は、己では滅多に手を出さない高級なそれを前にして、どうやらそわそわと落ち着かない様子。
一人で飲むような気分でもないし、飲み切る前に不味くなる。
機嫌は悪くないし、相手もまだそれほど酔ってはいない。連れ帰っても支障はないだろう。
予定は少々、変更することになりそうだが。
「…好きにしろ」
言って通り過ぎれば、やりぃ、と弾んだ声で、銀髪が後ろをついてきた。


* * *


「こんだけのヤツだと、デキャンタしねぇ方がいいよなぁ」

行き着いたザンザスの部屋で、ベッド脇に陣取ったスクアーロが声をかけた。
古いワインだ。芳りを楽しんでいる間に、味が逃げてしまう。
コルクを入れてからの年月を考えれば、直接グラスに移してしまうのが得策と言えた。
無言で肯定を示せば、すぐに立ったスクアーロがガラス張りの棚からグラスを二つ取り出して、すぐそばのテーブルにそれを置く。
それを横目に、ザンザスはコートを背の高い椅子に放って、ただでさえ緩めてあるタイを更に緩めた。
あらわになった胸元には、古い傷痕がちらと覗く。
ふいに部屋が暗くなった。
壁には照らされて大きくなった影が揺らめいている。
「…なにしてんだ」
明かりを消したのは他でもないスクアーロだ。
視線を向ければ、
「いいだろぉ、クリスマスなんだからよぉ。」
言って、グラスを差し出してくる。
その向こう側に、いつもは使われない燭台にキャンドルが立てられていた。
「は、てめぇがロマンチストだったとは知らなかったな」
受け取りながらの皮肉には、わずかに拗ねた顔をして見せただけだ。
どうやら多少の自覚はあったらしい。

「…Alla salute.」

気取るのに、軽くグラスを合わせてワインを転がす。
暗い中でもそれとわかる、血のような深い紅だ。
芳醇な芳りは長い眠りから醒めたのを束の間楽しんでいるようで、けれどじきに死んでいくのだろう。
鼻腔を満たすその芳りごと口に含めば、熟した風味が広がった。
安物にはない充足感を、喉へ流し込む。
安酒も美味い酒も関係なしに水扱いするスクアーロも、珍しく味わっているようだった。
灰色の瞳に炎を映しながら、革の手袋をはずした右手で細いグラスを支えている。

「美味ぇなぁ、やっぱよぉ?」

笑うその顔は、相変わらず無邪気だ。
それほど酔っては見えなかったが、実際にはアルコールが回っているのだろうか。
酔い潰れられたら、面倒なことになる。
スクアーロが飲み過ぎてしまわないようにと思いながら、ザンザスは頷いてグラスを口へ運んだ。
倣うようにして再びグラスを口にしたスクアーロが、一口飲み込んでそれを離す。
ふ、と息をついて顔を俯けた拍子に長い銀糸が肩口を流れて、わずかな明かりに煌いた。
普段のそれからは考えられるものではないが、それがどこか神聖な気がしてザンザスは苦笑した。
わずかに空気を震わせたそれに気づいて、スクアーロがザンザスへと視線を移す。

「…ボス?」

なに、笑ってんだぁ。

それに答えてやる気は元よりなく、ただ空にしたグラスを置いた。
新たな酒を注ぐのに、途中で止める。

「んだよ、飲まねぇのかぁ?」

不味くなっちまうぜぇ。
美味いワインがよほど気に入ったのか、スクアーロが惜しそうに眺める。
横を向きかけた顎先を、く、と指先でくすぐれば、意図に気づいたのかこちらを向いた。

「…う゛お゛ぉい、今日は聖夜だぜぇ?」
「…誘ってやがったんじゃねぇのか?」

明かりまで消しやがって。
どうせ今頃二人でいる奴らも、やってることは変わらないだろう。

誘い文句と言うには横柄であからさまなそれに眉を顰めつつ、けれどこの男らしいと言葉を飲み込む。
己のグラスのそれをまだ干していないのが気になるが、食前酒でも上等の物を飲んだのだ。
この男の機嫌さえ良ければ、これくらいのワインはまたいずれ飲めるだろう。
つい、と首筋を撫で始めた指に、大人しく瞼を下ろした。

「…ン」

触れた唇を割って侵入してきた舌が、いつもより熱い。
甘いようなそうでないようなワインの味を残したそれが絡まって、くぐもった声が漏れた。
いつになく優しいそれに、ロマンチストはどっちだと詰ってやりたかった。
それでもゆっくりと背後のベッドに組み敷かれて、ひどく胸がざわめく。
まったく、どうしたというのだ。
思いながらスクアーロがザンザスの首にゆっくりと腕を絡めると、口づけがいっそう深くなった。
呼吸のいとまさえ与えられることはなく、けれど性急でないそれに求められる。
頭がくらくらとしてくるのは、息苦しさにか、その優しさにか、それとも他の何かか。
判断がつかなくなってきた頃、ザンザスの手がシャツの上から胸に触れて、わずかに離れた唇が笑った。

「速ぇよ」
「………るせぇ…」

肺に残ったわずかな吐息に乗せる声は、かすれて甘い。
間近にある紅い瞳は、満足そうに細められた。
それからもう一度唇が触れて、その身体が離れる。
まるでそれをとどめるように、肌蹴たシャツの前に垂れたタイを、スクアーロの白い手が絡めて放った。
そのまま古傷をなぞるように指を這わせて、誘う。

「…酔ってんのか?」
「……さあなぁ…?」

笑う、その唇が艶やかで。
貪ったばかりのそれに、ザンザスはもう一度噛み付いてやった。

next.



06.12.21