消えない熱      06.10.01




月の綺麗な夜だ。
赫く鈍く、血の色をした。
―――…まるで、あいつの瞳のようだ。


「ッくそ…」

薄暗い室内。
やけに何もない、肌寒い造りの部屋の窓辺。
弱いガラスにもたれながら、スクアーロは毒づいた。
長い銀糸が月の光を反射して、わずかに染まっている。
雲に隠れることもしない赫い月は、ただ静かに地上を見下ろして。

(静かなもんだ)

仰せつかった任務とやらは、つい先ほど遂行した。
いまだに滴った血の温かさが、温度を感じない手に残るよう。
あっけないほど簡単に、標的は血溜まりへと伏していった。
虫の音ひとつ聞こえない、淋しい路地裏。
そいつが倒れた、その場所だけが鮮やかで。
嗅ぎ慣れたはずの鉄の臭いが、今日はやけに色濃かった。

(こんな夜は)

こんな夜は、どうにもおさまらない。
誰かに壊されたくて仕方ない。
それはきっと、誰かじゃなくて。

「……認めねぇぞぉ…」

頭の隅をかすめるのは、遠く海を越えた場所にいるあの男。
この任務に就く前の日も、ハデに盛ってくれやがった。
そこに甘い睦言は存在しない。必要ない。
ただの道具で、戯れで。
いつ終わるとも知れない、危うい関係。
その距離でいい、はずだったのに。

「っく…」

ずる、と座り込みながら、スクアーロは自身の身体を抱きしめるように両腕を腹で交差させた。
気がつけば、すっかり熱を帯びている。
そろりと指を這わせてみて、思った以上の熱さに苦笑した。

(バカみてぇに盛りやがって)

撫で上げて、滴る雫の音にぶるりと震える。
耳元に、あいつの声が聴こえるようで。

「っぅ、あ、」

いつからこうも従順になったのか。
初めは、犯されるのが苦痛でならなかったはずなのに。
今ではすっかり、あの男に慣れ切っている。
任務に就いて、わずかに三日。
たかが三日触れていないだけで、己の身体が求め始める。
まるで麻薬だ。
――――…あの男は。

「ん…ッ」

這う指の温度も。
乱れた呼吸も。
存外に甘く、低い声も。

「っふ、…ボス…ッ…」

認めたくない。
認めたくはない、けれど。

「あ、ァッ……ッ…」

耳元。
首筋。
指先。

『スクアーロ』

あいつの、声。


「――――――ッ!」


刻み込まれているのは、他でもなくあいつの記憶。

手のひら。
吐き出した熱。
滴り落ちる、白い糸。

身体の奥、吐き出される白濁の感触がよみがえって。
目を瞑れば、そこには鮮烈に。

「………ボス…」

どんなに。
どんなに、足掻いてみても。
消えない。
消えてはくれない。

「ち、くしょぉ…」

オレの中から、あいつが消えない。

fin.



06.10.01