その日は朝から雨だった      06.08.07




そういえば優しかった。
あいつも
あいつも
誰だってみんな
死ぬ前は、オレに優しかった。


雨が降っていた。
朝からずっと、細い雨が。
濡れていく窓をぼんやりと眺めながら、スクアーロは身を起こした。
さきほどまでの情事の痕が、己の身体には色濃く残っている。
散々に貪ってくれた相手は一人バスルームだ。
電気も点けない、薄暗い部屋。
時間で言えば真昼間もいいところだが、ぐずついた天気では目も慣れない。

(外以上に湿ってやがる)

この部屋の、この空気は。
思い返せば熱が上がりそうで、スクアーロは頭を振った。
ベッドの下には濡れた制服が脱ぎ散らかしてある。
脱いだのは自分ではないし、散らかしたのも自分ではない。
(片付けなきゃ文句言うんだからなあ)
面倒ならハナから投げ捨てなきゃいいのに。
いまは見えない相手にごちてみて、溜息。
そういえば、肌を重ねたのはいつ以来だったか。
(先週はモナコ…その前はどこだ…)
もう、三週間にはなるかもしれない。
やたらと求められたのはそのせいか。
どこかで記憶が飛んだせいで曖昧だ。


「風邪ひきてぇか」
「…ボス」
気配もさせずに、彼――――…ザンザスはスクアーロの傍へ寄った。
いつのまにバスルームを出たのか、いくらぼんやりしていたとはいえドアの開く音さえ聞かなかった。
「う゛」
見上げたスクアーロの視界をばさりと覆った、白。
乾いた柔らかい感触に、どうやらバスタオルだと覚った。

「風邪ひくのは構わねぇけどな、移したら殺すぞ」
「…だったら素っ裸で放っていかなきゃいいだろぉ」
「てめぇが意識飛ばすからだ」

飛んじまうほど激しくしやがったのはどいつだぁ!

罵りたいのをぐ、と堪えて、スクアーロはバスタオルに埋もれる。
冷え始めていた肩を覆ってもぞもぞと体勢を変えると、
「う゛お゛ぉい、ボス…」
伸びてきたザンザスの指に、顎を捕らえられる。
冷やりとした感触に身を竦める間もなく、唇には熱が触れた。

「ん…」

(指先はそんなに冷てぇのになぁ)

触れる唇は、どうしてか熱いのだ。
唇を割って流し込まれた水を飲み込む。
喘いで渇いた喉を潤す、冷やりとした感触が心地よかった。
飲み干して、舌を絡めて、久方ぶりのそれに酔う。
(…だめだ、ボス)
滅多にキスなんかしねぇのに。
したって噛み付くようなキスなのに。

(…こんな)

こんな、優しいキスは。

「…っ…!」

耐え切れずに、スクアーロはザンザスの肩を押して離した。
ふいに離れた唇が、名残惜しげに銀の糸を伝わせる。

「…スクアーロ……?」

訝しげにするザンザスの、名を呼ぶ声にも答えられない。
殴られるか。
蹴ってくるか。
どちらでも構わない。
優しくなんかされなければいい。

(死なれるみてぇで嫌なんだ)

あいつも
あいつも
死ぬ前だけは、優しかったから
だから、ボス、


「……スクアーロ」
予想したどちらの行動でもなく。
スクアーロの期待を裏切るように、髪に通された指が優しかった。
落胆と安堵と、切なさと愛しさと、入り混じってはスクアーロの頬を伝う。
「てめぇにも涙なんかあったのか」
「…ッ、うるせぇ………んッ…!」

再び奪われた唇。
違ったのは、噛み付くような―――…

「ッ…てぇ…!」

ぶつり。
嫌な感触を残して、スクアーロの唇を紅が滴った。
離れていくザンザスの唇に、わずかにその色が移る。
「…勃った」
「…!んな申告いらねえぞぉ…!」
真顔で事も無げに言う、どちらと言わずとも品のない言葉に頬をわずかに赤らめて、スクアーロはぎり、と噛まれた唇を噛む。
「てめえが悪ィんだ」
「…ちくしょぉ」
この絶倫鬼畜野郎…!
見上げる視線は受け流され、包まったバスタオルを剥ぎ取られる。
ふわりと香った柔らかい香りに、思わず苦笑を刻んでしまう。

(血の臭いしか、しねぇと思ってたのに)

「なに笑ってやがる、カス」
「…なんでもねぇ…」

もう一度、ベッドに沈められながら。

「…なぁボス」
「なんだ」

優しくされるのは、怖ぇんだ。

fin.



06.08.07