ボスに殴られた。
今日の機嫌は低気圧、近寄らないに限るらしい。
「何スクアーロ、またやられたの?」
長い長い屋敷の廊。
昼間だろうと外がどんなに晴れていようと、そこはおかまいなしに薄暗い。
ボスの機嫌が悪ければ、なおいっそうのこと暗くなるようだと、いつだか誰かが嘯いた。
痛む頭を忌々しげに押さえながら、スクアーロは声の方へと目を移す。
「うるせぇベル。なんでここにいやがる」
「オレぇ?ボスの機嫌が最悪だよって、スクアーロに忠告しに」
「う゛お゛ぉいふざけんな!遅ぇよ!」
笑うベルフェゴールを睨みつけながら、いささか遅い文句を浴びせる。
知っていたならもっと早くに言いやがれ。
そうしたらいつものように足でドアを開けたりしなかったのに。
慣れない後悔をしてみても、痛みが薄れるわけではない。
投げやりな溜息をひとつ、スクアーロはその場に座り込んだ。
今日は最悪だ。
外はドッピーカンに晴れてやがるし、かといって出かける気もおこらない。
ボスの機嫌が悪いとわかってりゃ、何も任務から帰った今日そのままに
報告に行くこともなかったのに。
屋敷に踏み入れて息つく間もなく、殴られたオレの身にもなりやがれ!
ぶちぶちと頭の血管が切れていくスクアーロに、ベルフェゴールはにやりと笑みかける。
「スクアーロがさ、寄り道なんかしてるからだよ」
「あ゛ぁ!?」
「予定じゃもっと早く帰るはずだったろ」
「…任務の期限は明日までだろぉが」
「ボスの予定じゃ3日前」
「………あ゛?」
「スクアーロゲージが残量不足」
…う゛お゛ぉぉおい!オレはそんな理由で殴られたのかぁ!?
大体ゲージってなんだゲージって!!
残量不足ってあれか殴り足りねぇってことかいい度胸じゃねぇかクソボスがぁ!
「ししし、今度からはもっと早く帰ってくるんだね」
「うるせぇ!」
自分の殴られた理由はボスの運動不足かと、ベルフェゴールの言葉にスクアーロの機嫌も急降下する。
一人楽しそうなベルフェゴールを、もはや睨もうとすら思えない。
諦めて立ち上がったとき、
ドガン!!
振り返るその先で、例の部屋の扉が派手に蹴り開かれていた。
のそりと姿を見せたのは、言う必要もないその人で。
「…お呼びだよ、スクアーロ」
「ちぃ……っ…」
あれで済むはずはないと思っていたが。
なんとまぁ間の取り方が上手いものだ。
ちらりと一瞬視線を寄越して、なにも言わずに引っ込んでいく。
何の用だと訊ねなくとも、自分を呼んでいるのは明らかだ。
舌打ちひとつ、ベルフェゴールに背を向けて歩き出す。
「無事にまた会おうね、スクアーロ」
「そんときゃ3枚におろしてやる」
物騒な言葉は、しかしながら彼らしい。
脚を踏み鳴らしながら部屋の内へと消えたスクアーロに、がんばりなよ、と手をひらひらさせて、ベルフェゴールは振り返る。
そこへふよふよとやってきたのがマーモンだった。
「あれ、ベル」
「マーモン」
「珍しいね、こんなところにいるなんて。…スクアーロは?」
帰ってきたんでしょ、と訊ねるマーモンに、変わらぬ笑みを浮かべてベルフェゴールは答える。
「うししし、ボスにお呼ばれだよ」
「帰って早々サンドバッグ?飽きないね」
どちらが、とはマーモンも口にしなかったが。
結局二人は似た者同士なのだ。
「まあ、ボスが飽きれば解放されるんじゃないの」
きっと夜も更ける頃だろうけど。
長い前髪の下から、スクアーロの消えた部屋の扉を眺めやる。
まったくボスも素直じゃない。
アホ鮫もさることながら、あの人の鉄面皮はどうしたら剥がせるのか。
アホ鮫は知能指数足りないんだ、言ってやらなきゃわからないのに。
まあ、あのボスがわざわざ言って聞かせるわけもないか。
あれで上手いことまわってんだから、実は二人とも器用だよなぁ。
思考するうちに、マーモンが肩へと乗りに来る。
「行こうよベル、ここにいてもいいことない」
「そりゃそうだ」
嫌な笑みをプレゼントして、二人はその場を立ち去った。
「い゛…っ!」
部屋のなかでは、長い髪を掴まれたスクアーロが壁に叩きつけられていた。
何度目かのそれにスクアーロの意識が飛びかけた頃、乱暴にベッドへと投げ捨てられる。
冷たいシーツの感触に、感じ取れるザンザスの匂い。
気分はサイアク、けれど感じる甘さが憎らしい。
「ぅ……あ゛、ボス…」
あ゛ぁ゛畜生、これで今日何度目だ。
目の前がちかちかしやがるし、むしろ意識も危ねぇぞぉ。
なぁ、ボス、オレやべえって。
「スクアーロ」
「っ……」
やべえっつってんのによぉ、ボス、嬉しそうな顔でキスすんじゃねぇよ。
fin.
06.07.07