夕焼ノスタルジー     06.07.12





暮れる街の向こうに、遠い異国を思った。


イタリアの夕暮れは静かだ。
郊外に建てられたこの屋敷からの眺めは、尚更。
窓辺にもたれながら、ランボは静かに溜息をついた。

思い出すのは、幼い頃を過ごした日本の夕暮れ。
奈々がいて、イーピンがいて、賑やかな食卓が待っていた。
綱吉に怒られながら、リボーンに無視されながら、それでも今となっては楽しい思い出だ。
イタリアに帰ってきて、懐かしい面々と騒ぐのももちろん楽しいけれど。
らしくなく、思い出に浸ってしまうのはリボーンのせいだ。
一週間前、突然日本へ発ってしまったから。
綱吉に訊ねてみれば、どうやら任務ではないらしかった。

「久々に帰りたいから、休暇くれって言われてね」

急ぎの仕事も今はないし、と笑っていた綱吉が思い出される。
相変わらず綱吉はランボに優しいけれど、それでもその笑顔の下は読めないのだ。
これ以上は情報をくれないだろうと判断して、ランボは帰路についたのだった。

「日本行くなら、オレも連れてけよなぁ…」

力ない言葉が空気に散る。
この窓からの変わらぬ眺めも今日で7度目。溜息は数え切れないほどだ。
赤と水色の美しかったコントラストも、もう藍色の支配を受けている。
今はただ淋しさを連れてくる、夜の色だ。
この夜の色を従える男は、いつになったら帰ってくるのか。
せめて帰国予定を聞いておけばよかったと、ランボはいささか遅い後悔をした。
「早く帰ってこいよ、バカリボーン…」
呟いて、窓を閉じようとしたときだった。


「誰がバカだ、バカ牛」


聞こえるはずのない声にランボが振り返ろうとした、よりも速く、銃弾がランボの頬をかすめたのだった。




「土産だ」
「えっ、リボ…」
少し前の、ボンゴレの屋敷だ。
突然扉が開いたかと思えば、その先にはリボーンがいたのだった。
早かったね、と綱吉が口にするよりも速く、何かが放物線を描く。
大きめのそれを上手くキャッチしてもう一度リボーンに目を向けたときには、すでにリボーンの姿はそこになかった。
「なんだ、あわただしいな…」
一人ごちながらリボーンの「土産」の包みを解いて、現れたそれに思わず笑ってしまう。
「まったく、帰ってきてすぐ行くくらいなら、一緒に連れてけばいいのに…」
素直さの欠片もないリボーンに、オレが新婚旅行でもプレゼントしてあげようかな、なんて思いつつ、綱吉は「土産」を一粒口に運ぶのだった。



「リ…ボ…いつ、帰ってきたの?」
「たった今だ。どっかのバカ牛が淋しがってやがったからな」
「なっ!!さ、淋しがってないよっ」
「じゃあさっきの台詞はなんだ、バカ牛」
「なっ、あっ、あれは…っ」

そうだ。
ランボの独り言は、ついさっきリボーンに聞かれているのだ。
「あれは、なんだ?」
「〜〜〜〜〜っ!」
いやらしいほど確信犯だ。
上がった口角が憎らしい。
近づいてくるリボーンを、拒む手立てはランボにはない。
「ランボ」
「ん…っ…」
重ねられる唇も、薫る煙草も7日ぶり。
強がる頭に反して身体の方は正直で、貪欲にリボーンを求め始める。

「リボーンっ…」

半ば強引に抱き上げられても、ランボが抵抗することはない。
従順な様子に満足して、リボーンはランボの身体をベッドに降ろした。

「そうだ、土産があるぞ、ランボ」
「土産…?」
「ああ。後でくれてやる」

だから今は、寄越せ。

深いキスを交わしながら、ゆっくりとリボーンに組み敷かれる。
閉じようとした瞳の端、映ったのは丸テーブル。

「リボーン…」

テーブルの上のあれは、きっとリボーンからの「土産」。
無造作に置かれた葡萄の房に、ランボは小さく笑ったのだった。

fin.



06.07.12