毒針の幸福     06.06.21





毒だ。
ゆっくりと、けれど確実に心の臓をとめる、甘い毒。
囚われたらもう、逃げられない。


「ん…ッ…ふ、ぁ、離せよ…っ……リボーン…!」

深夜。
仕事を終えて自宅へと戻る途中だった。
歩き慣れた道。
違和感などなかった。
けれど確かに、この男は潜んでいたのだ。

「ん、ぅ…っ…ん…!」

角を曲がりかけた、そのとき。
ぐい、と腕を引かれて、声を上げる間さえもなく唇をふさがれたのだった。
言わずと知れたこの最強ヒットマンは、下世話な話、夜の腕も相当だ。
幼い頃からあれだけ愛人を抱えていれば、当然といえば当然の結果なのだが。

「は…っ…リボーン…っ…」

散々にあそばれた唇を解放される頃には、ランボの身体にはまったく力が入っていなかった。
乱暴ながら崩れる腰を支えてやって、リボーンは意地の悪い笑みを浮かべた。

「なんだ、もう立てねぇのか、アホ牛」
「…っるさ…!誰のせいだと思ってるんだよっ」

オレは仕事帰りで疲れてるんだぞ、と潤んだ瞳で訴える。
それを一笑に付して、リボーンは首筋に顔を埋めた。

「ちょ…っ…リボーン…!」

抗う手は封じられ、脚の間に身体を割りいれられて、ランボには逃げる術がない。
そうして抵抗をすべて抑えたうえで、リボーンは首筋を舌でなぞり上げたのだ。

「ん…っ、や、何する気だよっ」

甘くなりそうな声を抑えて、ランボは唯一自由なその口でどうにか抵抗を試みる。
諦めの悪いその様子に、リボーンはいささか呆れながら細い首に噛み付いた。

「い…ッ…リボーン、やだっ…」

ぎり、と歯をたてられて、走る痛みに目を瞑る。
おまえいつから吸血鬼になったんだよ。
思ってみても、口に出す勇気はランボにはない。
耐え切れずにぷつりと切れたそこから、流れ出した血を舌で拭われた。
背徳的なその行為に、ランボの背がぞくりと泡立つ。

「何人、だ?」
「え…?」
「何人、殺った」

顔を上げたリボーンの、その瞳には感情がない。
すべて見透かされそうな、漆黒のそれ。
逸らそうとしても、リボーンがそれを許さない。

「ふ、たり…だよ」
「この傷は反撃でもされやがったか」
「ぁ…ッ…い、たッ、痛い、リボーン!」
「バカ牛。くだらねえ傷つけさせんじゃねえよ」

爪をたてられたのは、傷つけられた首筋の側。
肩の少し下の衣服が裂け、そこからは血が滲んでいる。
すでに出血は止まりかけていたのだが、リボーンの手によって新たな血が流れたのだった。
任された仕事の標的は、二人。
さして腕が立つわけでもない二人だ、片付けるのはランボにも容易だった。
そのはず、だった。
首尾よく一人を片付けて、二人目も手負いで追い詰めた。
けれどそこで、思わぬ反撃。
向けられた銃口。
避けられたと思っていたが、相手が地に伏すと同時に、己の腕を銃弾がかすめたのだった。

「リボーン…!」

もたらされる痛みに耐えかねて、ランボの頬を涙が伝う。
リボーンはそれでも力を緩めずに、再びランボの唇を奪った。

「ン!…ッん、――――――〜〜ッ…!」

絡めとられ、甘噛まれ、上顎までもなぞられて、ランボの思考が麻痺していく。
酸欠で頭がくらくらする。
けれど、気持ちよくて離れたくない。
リボーンの口内に導かれた舌を、きつく吸われる。
走る甘い痛みに、ランボの身体はびくりとはねた。
壁に押し付けられていたのが、いつのまにか腕に抱かれ、抉られた傷口も、いまは優しい指がいたわる。

ああ、なんで。
こんな酷い奴なのに。
溺れる自分は、もう中毒だ。

「ぁ…ッ…リボーン…っ…」

離された唇。
その、一瞬。


「他の誰かの傷なんか、残すんじゃねえよ…ランボ」


与えられたのは、甘い致死毒。
唇はまたふさがれて。
ああ、まったく、忌々しい。
この男はなんだって、己の逃げ道をふさいでくれるのか。
諦めてランボは目を閉じた。

この胸の裡の深い場所、毒の針は抜けそうにない。


fin.



06.06.21