毒だ。
ゆっくりと、けれど確実に心の臓をとめる、甘い毒。
囚われたらもう、逃げられない。
「ん…ッ…ふ、ぁ、離せよ…っ……リボーン…!」
深夜。
仕事を終えて自宅へと戻る途中だった。
歩き慣れた道。
違和感などなかった。
けれど確かに、この男は潜んでいたのだ。
「ん、ぅ…っ…ん…!」
角を曲がりかけた、そのとき。
ぐい、と腕を引かれて、声を上げる間さえもなく唇をふさがれたのだった。
言わずと知れたこの最強ヒットマンは、下世話な話、夜の腕も相当だ。
幼い頃からあれだけ愛人を抱えていれば、当然といえば当然の結果なのだが。
「は…っ…リボーン…っ…」
散々にあそばれた唇を解放される頃には、ランボの身体にはまったく力が入っていなかった。
乱暴ながら崩れる腰を支えてやって、リボーンは意地の悪い笑みを浮かべた。
「なんだ、もう立てねぇのか、アホ牛」
「…っるさ…!誰のせいだと思ってるんだよっ」
オレは仕事帰りで疲れてるんだぞ、と潤んだ瞳で訴える。
それを一笑に付して、リボーンは首筋に顔を埋めた。
「ちょ…っ…リボーン…!」
抗う手は封じられ、脚の間に身体を割りいれられて、ランボには逃げる術がない。
そうして抵抗をすべて抑えたうえで、リボーンは首筋を舌でなぞり上げたのだ。
「ん…っ、や、何する気だよっ」
甘くなりそうな声を抑えて、ランボは唯一自由なその口でどうにか抵抗を試みる。
諦めの悪いその様子に、リボーンはいささか呆れながら細い首に噛み付いた。
「い…ッ…リボーン、やだっ…」
ぎり、と歯をたてられて、走る痛みに目を瞑る。
おまえいつから吸血鬼になったんだよ。
思ってみても、口に出す勇気はランボにはない。
耐え切れずにぷつりと切れたそこから、流れ出した血を舌で拭われた。
背徳的なその行為に、ランボの背がぞくりと泡立つ。
「何人、だ?」
「え…?」
「何人、殺った」
顔を上げたリボーンの、その瞳には感情がない。
すべて見透かされそうな、漆黒のそれ。
逸らそうとしても、リボーンがそれを許さない。
「ふ、たり…だよ」
「この傷は反撃でもされやがったか」
「ぁ…ッ…い、たッ、痛い、リボーン!」
「バカ牛。くだらねえ傷つけさせんじゃねえよ」
爪をたてられたのは、傷つけられた首筋の側。
肩の少し下の衣服が裂け、そこからは血が滲んでいる。
すでに出血は止まりかけていたのだが、リボーンの手によって新たな血が流れたのだった。
任された仕事の標的は、二人。
さして腕が立つわけでもない二人だ、片付けるのはランボにも容易だった。
そのはず、だった。
首尾よく一人を片付けて、二人目も手負いで追い詰めた。
けれどそこで、思わぬ反撃。
向けられた銃口。
避けられたと思っていたが、相手が地に伏すと同時に、己の腕を銃弾がかすめたのだった。
「リボーン…!」
もたらされる痛みに耐えかねて、ランボの頬を涙が伝う。
リボーンはそれでも力を緩めずに、再びランボの唇を奪った。
「ン!…ッん、――――――〜〜ッ…!」
絡めとられ、甘噛まれ、上顎までもなぞられて、ランボの思考が麻痺していく。
酸欠で頭がくらくらする。
けれど、気持ちよくて離れたくない。
リボーンの口内に導かれた舌を、きつく吸われる。
走る甘い痛みに、ランボの身体はびくりとはねた。
壁に押し付けられていたのが、いつのまにか腕に抱かれ、抉られた傷口も、いまは優しい指がいたわる。
ああ、なんで。
こんな酷い奴なのに。
溺れる自分は、もう中毒だ。
「ぁ…ッ…リボーン…っ…」
離された唇。
その、一瞬。
「他の誰かの傷なんか、残すんじゃねえよ…ランボ」
与えられたのは、甘い致死毒。
唇はまたふさがれて。
ああ、まったく、忌々しい。
この男はなんだって、己の逃げ道をふさいでくれるのか。
諦めてランボは目を閉じた。
この胸の裡の深い場所、毒の針は抜けそうにない。
fin.
06.06.21