痕の残った薬指     06.06.14





「なんで男なんだろ」

散々求め合った褥の上。
ランボの小さな呟きを、紫煙の向こう側に聞いた。

「…何、言ってんだ?」

聞き流しても良かったのだけれど、リボーンはまだ新しい煙草を灰皿に押し付けながら訊ねた。
くしゃりと泣きそうな笑顔で、ランボがリボーンを振り返る。


「だって、さ」


どんなに想ったって。
どんなに愛したって。

「オレはおまえの物になれないだろ?」

心も、身体も、全てを持っていかれても。
誰にも、それは認められない。
わかっていたことだった。
そんなこと、はじめからわかっていた。
わかっていて、リボーンに惹かれたのだ。
けれどふとした瞬間に、ランボの押さえ込んだ感情は零れ出す。
リボーンにあたり散らして、別れかけたことさえある。
気にしていないそぶりで、なにもかもを理解したそぶりで、
本当はいつだって羨ましかった。
陽のあたる場所でリボーンと歩ける、誰からも認めてもらえる他の愛人達が羨ましかった。
リボーンは言葉にしないから。
自分がどの位置に置かれているのか、ランボにはわからなかった。

「何が怖ぇんだ」
「え…?」
「何をそんなに怯えてんだ、ランボ」

リボーンの冷めた視線に、ランボは竦んだ。

ああ、また、失敗した。

リボーンは束縛を嫌う。
以前もそれでモメたのだ、繰り返すべきではなかった。
きっとお情け程度の自分なのに、その自分にうじうじと言われたなら、リボーンだってたまらないだろう。

「…ごめん、なんでもない」

言って、ランボは涙を押さえ込んだ。
そんなランボの様子を見て、リボーンは深く溜息をつく。

「不安か?」
「リボー…」
「形にしねえと、不安か?」

見返す先のリボーンは、先ほどのような冷めた表情ではない。
どことなく、淋しそう、な。
思って、ランボはそれを打ち消した。
馬鹿な。
相手はあのリボーンだ、と。

「ごめん、リボ…」

忘れてよ、と続けるはずが。

「なんでオレが、ここにいると思う」
「……え…」
「わかんなきゃ考えろ」

瞬間、左手をとられて。

「リボ…ッ……痛ッ!」

薬指を、がりりと噛まれた。
きつく噛まれたそこは傷になって、つつ、と赤い血を流す。
リボーンはゆっくりと舐め上げて、それからランボに口付けた。

「んッ、リボー…」
「オレはどうでもいい奴のそばにいるほど暇じゃない」
「リボーン……うわっ」
「もう寝ろ」

大きな手で目元を覆われて、ランボは枕に押し付けられた。
その手のひらが濡れるのに、リボーンは何を言うでもない。

「は…っ…リボーン…」


左手の、薬指。


つけられた傷。
残された痕。

その意味がわからないほど、
ランボはリボーンを理解していないわけじゃない。

「…ッ、リボーン……好き、だよっ、リボーン…っ…」
「ああ、オレもだぞ、ランボ」

嗚咽混じりの告白を聞いて、リボーンはそれにこたえてやる。
それはランボが初めて聞く、リボーンからの「言葉」だった。


「ひっ………ぅぇ、リボーン…ッ…」

とうとう本格的に泣き出したランボに、リボーンは口元だけで苦笑して。
手のひらの下、存分に泣かせてやった。

視界は完全にふさがれたまま。
だから、ランボは気づけなかった。
己をあやすリボーンの、その耳がわずかに赤かったこと。

fin.



06.06.14
砂糖ドル箱7杯分。