苦いコーヒー     06.06.09





夏の暑い陽射しにはまだ遠い、けれど春と言うには少しばかり気温の高い日。
ボヴィーノのヒットマン・ランボさんは、相も変わらずボンゴレの屋敷に入り浸っていた。

「リボーン、暇ー」
「うるせぇアホ牛」

最強ヒットマン、リボーン氏はご多忙だ。
今日はどうやらデスクワーク。
山と積まれた書類を片手に、何かと照らし合わせている。
同盟ファミリーの動向だとか、敵対ファミリーの資料だとか、多分そんなものだろう。
ランボには難しくてわからない。

以前、あまりに暇だったので、リボーンが処理し終えた書類で遠い昔ツナに教わった、紙飛行機なんかを作ってみたことがある。
わぁよく飛ぶ、なんて一人満足していたら、頭に拳骨をくらったのだ。

それ以来、ランボは書類に手出しをしない。
ボス・ボヴィーノとリボーンでは、書類の扱いは違うらしい。
(ボヴィーノで紙飛行機にしていた書類も、本来は重要書類であったことをランボさんが知るはずもない。)

「いつ終わるの、それ」
「おまえが帰ったらすぐにでも。」

つれない返事にも慣れたものだ。
初めの頃こそそれはもう本気で傷ついたものだが、この男相手にそんなことを気にしていたら、樹齢100年もありそうな神経をしていたって身がもたない。
ランボはめげずに話しかける。

「ねぇリボーン、喉渇かない?」
「渇いた」
「お茶にしようよ」
「終わったらな」
「…ケチ。」
「黙ってろ」

ちらりとも視線をくれやしない。
忙しいのはわかるけど、ランボさんと違うのもわかるけど、せっかくこうして会いに来ているのだ、少しは相手をしてほしい。
埒があかないな、と寝そべったソファでごろりと体勢を変え、高い天井に視線を移す。
ふと、ツナの言葉がよみがえった。


『リボーンがね、うるさいんだよ、コーヒー』
『あれじゃなきゃ飲まないなんて言うんだから』


そうだ。
キッチンの、左から三番目の棚。
エスプレッソを好むリボーンが、唯一そのままブラックで飲むコーヒー。
わざわざ産地直送で、しかも豆を手挽く機械まで購入していることを、いつだったかツナに聞いたのだ。
ほとんど愚痴のようではあった、が。

思い立ったら即行動。
子供の頃から変わらない。

ばっと身を起こしたかと思うと、ランボは急ぎ足でドアの向こうへと消えていった。
そんな彼の後ろ姿を見送ったリボーンは、一人深く溜息をついた。


「なぁにやってんだ、アホ牛」
「ちょ…っ、邪魔しないでくださいよ」

ごりごりごり。
ランボの手元ではリボーンのお気に入りの豆が挽かれている。
彼が好むだけあって、さすがに香りの品がいい。
横から入れられるちゃちゃにも、いつもよりは腹が立たない。

ばたばたと階段を駆け降りてキッチンへ飛び込んだランボを、10代目のためにと紅茶を準備していた獄寺が不本意ながら出迎えたのだ。
彼の姿など目に入らぬ様子でキッチンの戸棚を開けたランボに、獄寺はさすがに声をかけた。

「リボーンさんのコーヒー、ねぇ…気ぃ惹きたくて必死だな、てめぇも」
「そう言うあなたもツナさんの気が惹きたいんでしょ」
「バッ、おまえと一緒にすんじゃねぇ!」

真っ赤になった獄寺に、ボカ、と一発殴られた。
手加減はしてくれたようだが、元が粗暴な彼だ、かなり痛い。
相変わらずの10代目至上主義だなと、ランボは心の中で溜息をついた。
自分の記憶が確かであれば、彼の恋人は山本氏のはずであるのに、と。


「いいか、割るな、零すなよ!」

リボーンのカップと自分のカップ、ついでに形は大事にしようとソーサーまでトレイに乗せて、慎重に歩き始めたランボに獄寺が念を押した。
ウエイターのような仕事をしたことはないのだ、どう頑張ってもカップの中でコーヒーは揺れ、ソーサーはかちゃかちゃと音を立てる。

「大丈夫ですよ、これでもやるときはやるんです」

やった試しがないじゃないか。
突っ込むことさえ面倒で、獄寺はヒラヒラと手を振った。


「リボーン、開けてぇ」

どうにかリボーンの部屋の前に辿り着いたはいいが、ドアを開けることができなかったランボである。
片手持ちに切り替えたなら、中身を零すこと必至なのだ。
いつもなら自分で開けろ、だの、勝手に入れ、だの、そんなセリフが返ってくるところだが。
かぎ慣れたコーヒーの匂いに気付いたのだろう、珍しく中からドアが開いた。

「…零してねぇだろうな、アホ牛」
「もう…ほら、ちゃんと一滴も零れてないでしょ」

どうだ、と誇らしげにしてみせると、リボーンはフン、と鼻を鳴らした。

「仕事は?」
「おまえがいなくなったからな、一段落ついた」
「あ、そ。」
「淹れたのか、それ」
「ん?そう。リボーンが好きだって聞いたからね」
「たまには気が利くじゃねぇか」
「ありがとう、くらい言えないの」
「おまえには勿体無い言葉だな」

鼻で笑って、リボーンはコーヒーに口をつけた。
そんな苦いもの、よくそのままで飲めるな。
リボーンを横目に、ランボは自分のために用意したミルクをコーヒーに垂らした。
それはくるくると白い渦を描いて、中心へと集まっていく。
次いでスティックシュガーを手にしたランボに、リボーンは呆れた口調で言った。

「そんな甘くすんのか、おまえ」
「え?だって、苦いの嫌いだし」
「コーヒー牛乳でも飲んでろ、豆が勿体ねぇ」
「何言ってるの。コーヒーに混ぜるから、美味しいんだろー」

初めから混ぜられたものなんか、美味しいとは思えない。
自分で自分の好みの味にするから、これは美味しいのだ。

「よくブラックで飲めるね、リボーン」
「おまえとは味覚が違ぇんだ」
「リボーンだって甘いもの好きだろ」

人のこと言えないじゃないか。
思いながらスプーンでかきまぜれば、いつのまにやら近づいてきたリボーンが、

「リボ…ッ…――――…」
「飴ばっか舐めてるから、甘ぇんだよ、バカ牛」

ランボの唇を掠め取っていった。
突然のこと、ではあったが。
唇にほんのり、苦いコーヒーの薫りが残る。

リボーンは、甘いものが好き。
ランボさんは、飴ばっかり舐めてるから、甘い。
と、いうことは。

相変わらずだ。
わかりにくいようで、わかりやすい。
けれどやっぱり、リボーンの愛情表現はわかりにくいのだ。
ランボは自分のコーヒーを一口飲んで、満足気に微笑んだ。
黒に近い、濃い焦げ茶をしたリボーンのコーヒーと、
だいぶ色の薄まった、明るい茶をした自分のコーヒーとを見比べて、

「ねぇリボーン、やっぱりコーヒーにはミルクと砂糖だよ」
「黙れよ、クソガキ」

ガキはリボーンの方だろー。
そんなセリフを視線に乗せて、コーヒー味のキスをするのだ。


fin.



06.06.09