意地悪な体温     06.06.12





いつから、
いったいいつから。
このどうしようもないほど意地の悪い男に、心を奪われていたんだろう。


「リボーン、また?」
「――――…」
「…ランボ待ってたよ」
「…うるせーな。」

すっかり居ついてしまった、ボンゴレの客間。
誰の趣味なのか、(きっと先代ボンゴレ直々だ)やたらと居心地のいいソファに寝そべって、狸寝入り。

…たぶん、いや絶対、リボーンにはバレてるけど。

先ほどから聞こえていたのは、夜も夜中、ランボさんとの約束を反故にした奴を出迎えたツナと、その本人の会話。
扉をはさんだ向こう側で、悪びれもしない調子のリボーンを、ツナは呆れを含んで責める。

どうせ、今日もきっと約束は守られはしないだろうと踏んでいた。
もう何度目になるのか、彼は自らかけた誘いを軽んじる。
…それは、ランボさんが誘っても同じなのだけれど。

ふっと溜息をついて、ランボはまるで今起きたような顔をつくる。
足取りさえも演技して、重く感じる扉を開けた。

「…ランボ」

先にランボを視認したのは、ツナ。
けれど動く気配を察していたのはリボーンだった。

「よう、アホ牛」
「アホじゃないってば…おはよう、10代目、リボーン」
「ラン…」
「こんな時間まで寝てたのか」
「仕方ないでしょー、リボーン待ってたらつい睡魔が襲ってきたんだから…」

ツナの言葉を遮って、からかう調子のリボーンの声。
きっと、何もかもを察したうえで言葉にしている。
ほんの少しの罪悪感すらにじんではいなくて、ランボは胸の裡に痛みを覚えた。

「すみません10代目、客間、また占領してしまって…」
「いいよランボ、そんなに気遣わないで」

気を遣うべきはリボーンの方だ。
そうとでも言いたげな視線をツナはリボーンへと向けたが、当の本人はどこ吹く風だ。

「ランボ、もう遅いからそこそのまま使っ…」
「オレの部屋来るだろ、ランボ」
「……うん。」

有無を言わさぬリボーンには、遠い昔から慣れたもの。
笑顔が苦笑にならないように、ランボは細心の注意を払って表情を作った。
…誰の目にも、それは明らかだったのだけれど。



「ン、――――…っ、リボ、…ン…ッ」

部屋に行き着くなり。
乱暴に扉を閉めたリボーンに、唇をふさがれた。
すぐに入り込んできた舌に、ランボは思うさまかき乱される。

「――ッぁ、待っ……ふ、んぅ…っ」

黙れ、と言わんばかりに舌を強く吸われて、ランボの膝ががくりと崩れた。
体勢までは崩れなかったのは、リボーンが腰を支えていたから。
その支え手がシャツの中へするりと入り込んできて、ランボの細腰を撫で上げる。
びくりと震えてしまうのは、いままで散々に慣らされたせいで。

「…イイ反応だな、アホ牛」
「ん……っ、アッ、リボーン…!」
「そのまま鳴いてろ」

胸元を這った指先に、ツンととがったそこを摘まれて、耐え切れずに声が漏れた。
肌の上をすべっていく指が自分よりも冷たくて、その体温をリアルに感じる。
熱くなるのは己だけかと、ランボは緩く目を閉じた。


「あ、あ…っ、や、んん……ッ…」

ゆるゆると自身を擦り上げられて、腰が震える。
衣服はとうに剥ぎ取られて、けれどネクタイすら緩めていないリボーンが憎らしい。
何度体を重ねていても、リボーンと肌を合わせることなど片手で足りるほどなのだ。
ランボは、体温を感じる方が好きなのだけれど。
それを知ってか知らずか、リボーンは洋服を脱ぐことをまずしない。
ほかの愛人を抱くときはどうなのか。
自分と同じように洋服を身につけたままなのか、それとも優しく肌を重ねて、その体温を分け合うのか。

――――――…嫉妬。

そう、きっと嫉妬だ。
見えない誰かに、わからない事実に、ランボはぎり、と締め付けられた。
すでに赤く濡れた目元に、また新しい涙が浮かぶ。
意味合いの違うその涙に、リボーンが気付かぬはずもない。

「…ランボ…?」


今日初めて呼ばれた名前に、ランボはとうとう泣き出した。

「ふ…っぅえ、うっ、ひっ…」
「ラン――…」
「リボ、ンの…ばか…っ…」
「―――――…」
「オレ、が…っ…どんだけ、待っ……んだけ、楽、みに…っ…」
「―――――――…ランボ」

こらえ切れずに宙に舞ったランボの言葉に、
リボーンはもう一度ランボの名前を呼んだ。
腕で顔を覆ったランボの髪に口付けて、ゆっくりと腕を開かせる。
とめどなく頬を伝う涙を舐め上げると、ランボがようやく碧の瞳をのぞかせた。

「…リ、ボ…」
「黙れよ」
「ん…っ…」

名前を呼ぶその唇を、強引に、けれど優しく奪う。
重ねるだけのそれを何度か繰り返して、今度は深く口付ける。
おずおずと差し出されたランボの舌を吸い上げて、なだめるように優しく絡めた。

「ふ…」
「ランボ」
「ん、あ、リボー…」

最後にちゅ、と吸われた唇がじんと熱い。
離れていくのが惜しくて追いかけそうになるのを、ランボは必死でおさえた。

「悪かった」
「え」

珍しく、いや、初めてじゃないか。
彼が自分に謝罪するのは。
驚いて何も言えずにいると、埋め合わせは、とまた聞き慣れない言葉を口にする。
何か欲しい物でもあるか、と訊ねる彼の、その唇に口付ける。

「…ランボ…?」
「リボ…ンも、脱いでよ…」

…欲しい物。
新しいシャツとか、アクセサリーとか、欲しい物はたくさんあるけど。
今ランボさんが欲しいのは、リボーンの体温だけだから。

「…それだけでいいのか?」

潤んだ瞳でねだるランボに、リボーンは唇の片側を上げて笑む。
それはこんなときだけ見せる、ランボさんの大好きな表情。
意地の悪そうな、けれど色気のある、その笑み。
どき、とランボの胸が高鳴るのは、どうしようもないことかもしれない。
そんな身体にしたのは他でもないリボーンで、彼がそのことに対して優越を覚えていることを、当のランボは知る由もない。


「リボー…ン、リボーン…っ…」
「ランボ」
「あっ、あ!や、もう、も…っ…リボーン…!」

散々になぶられたそこから、リボーンの指が引き抜かれて。
熱くなったリボーン自身が、濡れたそこに押し当てられる。

「ふ…、ァ…ッ!」

あてがわれたそれを欲しがって、蕾がひくつくのが自分でもわかる。
残った理性がそれを感じて、ランボは羞恥に頬を染めた。


「欲しがれよ」
「あ・ァ、リボーン…ッ…」
「ランボ」
「んっ…、はや、早く、リボーン…!」
「――――…」
「―――…〜〜ッ欲し、い…ッ、リボーン、欲しいっ」
「………くれてやる」
「ッぁあ――…ッ!」

ニ、と笑った、リボーンの。
熱いそれに押し開かれて、ランボは背を仰け反らせる。
反射的に逃げようとする腰をがっしりと抱え込まれて、強く突き入れられた。

「あ――…ッ!あ、ッは、っっ…!」

乱暴なそれに、けれど慣らされた身体は従順に応える。
始めは緩やかだったそれがだんだんと強さを増し、
ベッドのスプリングが跳ねる音に、ランボは浮いた意識の中で律動の激しさを知った。
ランボの奥を突きながら、リボーンの指先が胸の突起を摘む。
鋭い刺激に高い声を上げ、ランボはリボーンの腕を掴んだ。

「リボ、ン…ッ…リボーン…!」
「ランボ」
「あっ、あ!や、だ、ァ、ッもっと…!」

ランボのそこは粘着質な音を立てながら悦んでリボーンを受け入れる。
リボーンのリズムに合わせて、自ら腰を揺らしつつもあった。
気持ちよくてたまらなくて、ランボは自分の口から漏れる喘ぎと、矛盾した言葉の意味さえすでにわからない。
端々を聞き取ったリボーンが、満足そうに笑んだ。

「リボーンっ……あ、ああぁッ、―――…っ!」

快楽に溺れるランボを見下ろしながら、リボーンは更にその淵へと追い込む。
二人、果てる頃には、ランボの意識は沈んでいた。


かちり。
ダンヒルの炎が静かに揺れる。
細い煙草を燻らせながら、眠るランボを見下ろした。

「……ガキ。」

安心しきった寝顔を見て、ふと悪態が口をつく。
実年齢は4つも上だというのに、まだまだ幼く見える彼は、けれど自分を惹きつけてやまない。
ヒットマン特有の血の臭い。
確かに仕事をこなしているはずなのに、欠片ほども感じない。
額に触れるリボーンの指に、ランボはむずがるような声を上げた。

「……なんでこれなんだ、オレ。」

返答はない、自問自答。
他にいくらでも愛人はいる。
けれど何故か、ランボのそばに帰ってきてしまうのだ。
それはもう、無意識のうちに。

泣かせてやりたいと思う、ベッドの中。
ただ笑っていてほしい、明るい陽の下。
できれば見ることがなければいいと願う、闇の中。
追いかけてくればいいと思う、自分の後ろ。

振り返らなければいいのに、結局振り返ってしまう。
泣いていれば、手を差し伸べてしまう。
そんな甘さはすべて、ランボだけに向けられているのだ。
ランボはもちろん、リボーン自身でさえも、まだ気付いてはいないけれど。

「ん……リボ…」

夢の中、リボーンの名前を呼ぶランボ。
その表情は柔らかだ。
口元が緩むのに、はた、と気付く。

「……………くそ。」

溜息をついて、リボーンは癖の強い髪を梳いてやった。

fin.



06.06.12