映画のワンシーンのような     09.01.25





「睫毛。長ぇな」

間近でささやかれた台詞に一体どうしたんだこの男、と額に手をあてたら殴られた。
どうやら正気であるらしいが、歳を重ねてからというものそこかしこで以前は見られなかった愛情表現というかそんなようなものが見られるから心臓に悪い。
更年期にはまだ少し早いと思うんだが、と的外れなことを思いながら、スクアーロは今日も勝手に高鳴り始めた鼓動を必死で抑え込んだ。

「ぼぉーす。頼むから、そうやって不意打ちすんのは勘弁しろぉ」
「てめぇが気ぃ抜きすぎなんだろうが。ここをどこだと思ってる」
「あんたの持ってる別荘。で、いまは俺もあんたも休暇中だぁ」

実際のところとても休暇など取っていられるような状況ではないのだが、そこは上長の持つ権限というものを最大限に利用させて頂いた。
いまごろアジトではお子様組が唇を尖らせているだろうし、年長組でも嫉妬の炎を燃やして暑苦しい男が一人歯軋りしているだろう。
そのあたりには少々高価な土産のひとつでも買っていけば事は済むが、一番の問題はそれらすべてを押し付けてきた世話役の男だ。
入れ替わりで休暇でも与えてやらねば、このところ気にしていた髪の傷みが進みそうで笑えない。

「ルッスにゃ悪いことしたなぁ……」

スクアーロがぼんやりと呟けば、ツナヨシもいるから大丈夫だろ、と他力本願な答えが聞こえた。

「あんたもよぉ。あれでも一応は組織の頭だってのに、私用で使い倒すなよなぁ」
「あっちもそれを望んでる節があるから丁度いいだろ」
「まーなぁ。あれは根っからの世話焼きだからなぁ」

以前と比べれば手のかからなくなった幼い守護者も、まだあのすぐ泣く癖は直っていない。
その度に絶妙な飴と鞭とで立ち直らせている大空の申し子は、みごとに「調和」を表していると言えた。
苦労性なところはどうも変わらないらしく、常日ごろ面倒事を抱え込んでは今は頼れる右腕に叱られている。
自分の上を叱れるようになったあたり、あれでも成長しているらしい。
とはいえ今度の面倒事を放ってきたのは自分たちだから、帰ればその右腕の怒りはこちらに向けられるのだろうが。

「ハヤトにもなんか買ってくかぁ?」
「そこの湖にプラモデルでも浮かべて写真撮ってってやりゃ十分だ」
「プラモ?……あぁ…この湖だとネッシーじゃなくて何になんだぁ?」
「決めさせてやりゃ満足なんじゃねぇか」
「はは、そりゃいい案だぜぇボス」

ジャッポーネの面々からなるボンゴレ側には一切の興味がないようでいて、その実それぞれの趣味と好みくらいは把握しているのだから流石はザンザスだ。
必要ないだろうと誰もが内心突っ込みながらも、どこ吹く風で律儀に偵察してきたレヴィの報告書には目を通していたらしい。
レヴィもそれほど暇ではなかっただろうにいつ行ったのか、ある種ストーカーのごとき情報の細かさには少々呆れた。

「ハヤトは写真な。ツナヨシ……は、まぁチョコレートかなんかでいいだろ」
「……あれでも組織の頭だぞ」
「え、でもこないだ執務室に顔出しに行ったらチョコレート貰ったぜぇ」
「慣れ合ってんじゃねぇよてめぇはよ」
「いひゃ、いひゃいっふほほふ」
「わかんねえ」

先ほどのスクアーロの言葉を使ったザンザスの言葉に棘はなかった。
ただそこへ返したスクアーロの台詞は気に入らなかったのか、頬をむんずと掴まれて横に伸ばされる。
そんな他愛ない悪戯が出来るようになったのだ。まるくなったものだと思う。

「失礼なこと考えてんじゃねぇぞカス鮫」
「う゛お゛ぉぉ……」

お得意の直感は健在のようだ。
ぴん、と可愛らしい擬音の割には容赦のない強さで額を弾かれて、スクアーロはうなりながら枕に突っ伏す。
もうすでに日は高いのだが、いまだベッドでうだうだと過ごしているのはご愛敬だ。
この別荘に来てからというもの、毎日あまり変わりない。

「コーヒー。肉。酒」
「あ゛―はいはいちょっと待ってろぉ」

ザンザスの発する単語の意味を正確に受け取って、ベッドの下に転がったパンツに脚を通すスクアーロだ。
眠気覚ましのコーヒーの後、朝食を兼ねたはずの昼食には重々しく好物の肉と、水代わりのウィスキーをご所望らしい。
別荘付きの使用人もいたはずなのだが、ここへ来た直後にザンザス自ら追い返してしまっていた。
以後、すべての面倒はスクアーロが見ている。
ぶちぶちと文句を散らしながらも自分の着衣はおざなりに、クローゼットからザンザスの着衣一式を揃えて持ってくる律儀さだ。

「とりあえずコーヒー淹れてくるから、これに着替えてろぉボス。そのまんまじゃ風邪ひくぜぇ」

それに目の毒だしなぁ。
ほんのわずかに色を含んだ眼差しでザンザスを見下ろした後、スクアーロが唇の端にキスをする。
拒むことも深めることもしないで、ザンザスはすぐに離れた薄い唇を目で追った。
愉しげに弧を描いたままの唇は、俺ぁパスタにでもするかなぁ、と色気のない呟きを残してベッドから遠ざかっていく。
なびく銀糸すら視界から消えたところで、ようやくシャツを手にしたザンザスが唇を弛ませた。


「……てめぇも根っからの世話焼きだな」

満足そうに呟かれたその言葉は、スクアーロの耳には届かなかった。

fin.



09.01.25
「いた、いたいっつのぼす」

title:DOGOD69