Call;_1      10.04.17




「年上の彼氏って、いいんだけど歳が離れてるからこその苦労もあるわよねえ」
「そうねえ、自分以外にモテそうにないならまだしも、いい男じゃ余計にね」
「ましてや出張なんてされたら……」
「ああ無理!嫌でも考えちゃうもの」
「ねえ。……で?最近はどうなのよ」
「どうもこうもないわ、さっぱり。こないだ別れてからどうでもよくなっちゃった」
「あら、ずいぶん重症じゃない」

ふふふ、と笑いながら席を立つ昼休みを終えたお喋り雀たちの声を背に、エースはずず、とオレンジジュースを吸い上げてストローを噛んだ。
がじがじ、と何度か噛んで、腹の足しにもならないそれに虚しくなってふたつめのベーグルサンドにかぶりつく。
いつものファストフードの店が混んでいたからと、小洒落たカフェに足を運んでしまったことを、エースは心底後悔していた。

(くっそぉー……こんなに長くなるなんて聞いてねェよ…)

ごくりと口の中のものを飲み下しながら、がっくりと肩を落として影を背負う。
ずうんと、なんだかキノコでも生やせそうな気分だ。
軽くふた回りは離れた年上の恋人が海外出張に出かけて、そろそろ10日になる。
一週間で帰ってくるからいい子にして待ってろいと、そう厭味なほど似合う余裕の笑みを浮かべていたのは、一体どこのどいつだったろうか。

マルコから最後に電話があったのは、帰国予定だった3日前の早朝だ。
いつの便で着くのかと嬉々として訊ねたエースに、予想外のアクシデントが起きて帰国が延びると、マルコはいつもの口調で告げたのだ。
2週間まではかからないと思うが、これからすぐに最終便で発つからと一方的な伝言だけを残して、以降、今日まで連絡はない。
いつも連絡は欠かさないマルコだけれど、時々本当に忙しいと2日3日は電話がないことだってままある。
国内ならまだしも、今回のように海外のときは尚更だ。とことん時間が合わないことだってある。
淋しいけれど、声を聞くともっと淋しくなって会いたくなって、抱きしめたくなってしまうのは、エースがまだ若いからだろうか。
きっとマルコは、そんなところも心得ているはずだ。

不用意にエースを淋しがらせることを、マルコは良しとしない。
計算の上でだとか、突発的に起こる喧嘩であるとかを抜かせば、マルコはエースを甘やかしたくて甘やかしたくて仕方がないのだ。
それはもう、時折それが原因で喧嘩になることがあるほどの重症である。
そんな風にエースにのめり込んでしまったマルコを傍から楽しみながら、
たまにすれ違ってしまうマルコとエースのベクトルを示し合わせてくれるのが、マルコの長年の悪友でもあるサッチである。
元来無口で、少々言葉の足りないマルコは、付き合い始めの頃はよくエースと衝突することがあった。
衝突と言っても主にエースが一方的に不満をまくし立てているだけで、マルコは欠片も表情を崩すことなどなかったのだが。
あの頃のエースは今よりもずっと若く血気盛んで、なんと表そうかお年頃というやつだったのだ。
マルコはマルコで面倒のない相手と適当な関係ばかりを持っていたから、
後で聞いたことには無表情を装って、実際は混乱の境地にいたらしい。
絶妙なタイミングでもってサッチが割り込んできてくれるおかげで、当時はどうにか乗り切っていた。

「本気の恋愛なんかしたことねえんだよ、いいおっさんのくせに」

だから許してやってくれ。
むくれて寝室を占拠していたエースに、ぽつりと呟かれたサッチの言葉はずっと耳に残っている。
その意味をかみ砕くのにずいぶんと時間がかかってしまって、寝室を出たときにはすっかり夜も更けていた。
サッチもとっくに帰ってしまって、照明の落とされた冷えたリビングには誰もいないと思ったのに、マルコがソファで眠っていたのだ。
驚くより何より先に、こんな寒いところで寝やがってと、エースは自分が立てこもったせいだというのを棚上げして、
その籠城先からずるずると厚手の毛布を二人分、マルコのところへひきずっていった。
仰向けで目元を腕で覆った姿は相当に疲れて見えて、エースはごめん、と小さく呟いた。
それからマルコに毛布をかけて、自分もマルコの腹に頭を預けて床に座って眠ろうと思ったら、
マルコの手が伸びてきて腹の上へと抱え上げられたのだ。

「ッ、マルコ、起きて……っ?」

驚いて離れようとしたのをぎゅうと抱きとめられて、ああ不器用な大人もいたものだと、
なんて馬鹿みたいに愛しいんだろうと、エースはそのときそう思った。

「悪かった」「ごめん」

重なった言葉に、ぷは、とふきだして、照れ隠しみたいに唇を重ねた後、ようやく見えたマルコの表情に、エースはふにゃりと笑ったのだ。
その夜は結局寝室へ戻らないまま、狭いソファの上、マルコに身体を預けてぴったりとくっついて眠った。
寒いはずなのにあったかくて、気持ちよくて、あまりに安心してしまって、次の日の朝、マルコは会社に、エースは高校に遅刻しかけたのはご愛嬌である。
エースは教師が教室に入るのと時を同じくして扉を開けたため、友人たちに「ギリギリセーフ!」と英雄扱いされたけれど、
マルコは出社直後からニヤニヤ笑いの止まらないサッチに散々からかわれたらしい。
それでいてその日のうちに大口の取引を取りまとめ、一週間の休暇をもぎ取ってきたあたりがマルコがマルコたる所以なのだが。

ああ、いけない。
思いだしたらまた会いたくなってしまった。

「…今日は電話くるかなー……」

ざわざわと賑わうカフェの中、エースは呟いて、ベーグルの最後の一口を口の中へと放り込んだ。


next coming soon...


まさかの前中後編、気長にお付き合いください。
芥さんに捧ぐ。