violet      10.03.10 10.03.15掲載




かたり。
何かが倒れるような音で目を醒ます。
月明かりがぼんやりと照らすその先に、綺麗に鍛えられた裸の背だ。
指先が直すのは、小さな置き時計である。
彼にしては珍しく、それの置かれた机に躓いたらしい。
不思議な鳥の形を模したそれはいつだか彼のためにと買ってきたもので、
座りが悪いとぶつくさ文句を並べながら彼は大事に使ってくれていた。
実在しない鳥をイメージしたのだと立ち寄った島の露店商はそう笑っていて、
実在しない鳥をモデルにした悪魔の実を口にした彼には似合いかもしれないと、多少のからかいも含んだプレゼントだったのだが。

「あんた、大事にしてくれてるよなァ…」

ぽつりと呟いたかすれた声に、まさか起きていたとは思わなかったのだろう、ほんのすこし驚いた顔で彼が振り向いた。

「……起こしちまったかい」
「いや……」
「水は?」
「ん」

短い返事に彼が笑って、簡易的に取り付けられた棚からボトルを一本抜いてくれる。
彼は喉が渇いて目を醒ましたのだろうか、下にはいつも穿いているような、
けれど装飾のないすこしだけ緩いつくりのパンツを身につけていた。
やわらかなベッドの上、ゆっくりと上半身を起こすと、情事の名残か身体がだるい。
つきりと腰のあたりに走る甘い痛みに、なんだかよからぬことを思い出してしまいそうだ。
ずくりと疼いた身体の芯に、目を細める。

「零すなよい」

そう言って差し出されるボトルを手にした腕と交差するように腕を差しのべて、彼の胸に刻まれた誇りにそっと触れる。

「……どうした」

するりとなぞって、てのひらで彼の鼓動を確かめていると、前髪をはらってくれながら彼が緩やかに尋ねた。
返す言葉は、見つからないけれど。

「なんだ、やっぱり寝ぼけてんのかい」

それとも甘えているのかとくすくすおかしそうに笑いながら、ゆっくりと頭を撫でてくれる手が、優しくて好きだ。
ベッドの端に腰を下ろした彼の肩に頭をあずけると、ふわりとかぎなれた彼の匂いがした。
無意識に安心を覚えて、自然とまぶたが下りてくる。

「眠いんなら寝ていいぞい」
「ん……、や、おき……」
「……起きてねェよい」

いいから寝ちまえ、と低く笑う声すら耳に心地好い。
どうして、いつから、こんなに。
そんな想いが、ちらちらと胸をかすめるけれど。

伝わる体温に擦り寄って、とくりとくりと聞こえてくる鼓動に目を閉じる。
おやすみと額に落とされたキスは実に貴重なものだったのに、もう、気づくことはなかった。


fin.


title:xx
マルコもエースも名前なし。
violet:小さなしあわせ