Love Paranoia      10.02.08




穏やかな眠りを遮るようにふわりと薫ったのは、芳醇で濃厚なブランデーのそれだ。
そういえば今夜はサッチとビスタに子守りを頼んでいた。
ジョズが船を離れていて、自分も書類から手が離せないからと仕方がなしに預けたのだが、やはり選択を間違えたらしい。
ごそごそと布団に潜り込んだいつもより体温の高い塊が、その熱い手をシャツの中へ差し込んだところで、マルコは今夜の安眠を諦めた。


「ん、ん……」

へそを舐め、腹筋を辿るように這い上がってくる舌が熱い。
無骨な手はマルコの身体の線を確かめるようにあちこちを撫でて、緩く留めていたボタンを邪魔だとばかりに引きちぎる。
まったく誰からベッドマナーを教わったのだと溜息を漏らしかけて、大半を仕込んだのが自分だと気付いて閉口した。

「エース、どんだけ呑まされたんだよい」

早くも被っているのが暑くなってきた布団を押しのけてマルコが上体を起こすと、這わせる舌をそのままに、熱くぬめりを帯びた黒曜石が見上げてきた。
月明かりに照らされる頬は、きっと酒のせいだけではないのだろうがすっかり上気していて、零れる酒臭い吐息にも余裕がない。
よくここまで帰ってこれたものだと逆に感心するほどだ。

「サッチとビスタはどうしたよい」
「ん、一緒に帰ってきた……けど、まだ部屋で呑む、って。だから、おれだけ……ね、舐めて、い?」

自分の口にしている言葉がわかっているのかいないのか、ラフなパンツの上からてのひらでマルコの形をなぞるように摩りながら、エースはひとつふたつとマルコの腹筋に口づけてねだった。
いつもは恥ずかしがって自らすることなどないくせに、酒で理性が飛んだ後は本能に忠実な恋人を見て、マルコの口角がわずかに上がる。

「好きにしろい」

言いながらエースの髪を指で梳くと、うっとりと目を細めながら性急な指がマルコの衣服を暴いた。
先端をねぶるように口づけ、ちろりと舌を這わせた後は、大胆に熱い口内に迎えられる。

「ん、ふ……」

エースの薄い唇がペニスを扱き、器用な舌が惜し気もなく濡れた音を立ててマルコの弱いところを擦って這い回った。
わずかに腹筋に力を入れたのがわかったのか、根元を扱いていた指の動きが先を促すように速くなる。
エースの口淫はマルコが好きなように仕込んだだけあって、気を抜けば呑まれてしまいそうだ。
咥えているのが苦しくなったらしい後は、先端から根元まで遠慮なく愛撫する赤い舌と、マルコの反応を窺うような黒い瞳が卑猥だった。

「っく……」

思わず唇を噛んで耐えたマルコの目に入ったのは、いつのまにか外された鮮やかなオレンジ色のベルトだ。
よくよく見慣れたそれは恋人の細腰に収まっているはずのもので、視線を落とせば黒いパンツはすでに彼の膝のあたりでわだかまっている。
露わになった肌の中心では、きざしたペニスをマルコに触れていないエースの手が慰めていた。

「なんだ……、我慢できなかったのかよい?」
「ん、だって、あんた……えろい、んだもん」

たまんない、と吐息に乗せたエースが、ずいと体液に濡れた手を伸ばしてきた。
なんだ、と視線で訊ねれば、

「舐めて、よ」

再びマルコの先端を咥えながら、エースの瞳がいやらしく笑んだ。
ぬらぬらとエースの先走りに濡れた指を捕まえて、マルコは遠慮なしにしゃぶってやる。
彼に愛撫を施すときのように根元まで咥え、舌を這わせて甘噛んで、音を立てて吸ってやった。
爪の間をくすぐると、戸惑ったように口に含んだ二本の指がマルコの舌をくすぐり返す。
自分が指も弱いことを、彼はすっかり忘れていたらしい。

「ん、もう、いい……っ」

たまらなくなったのか半ば無理やりマルコの口から指を引き抜いたエースが、その手をそろそろと自分の後ろへ持っていった。
ぬめった指がそこへ触れたことに感じたのか、エースの口から熱い吐息が漏れる。

「……おれにはさせてくれねェのかい」
「っ、たまに、は、見てろ、って……」

からかうように口にした台詞に、強がりばかりの憎まれ口でエースが唇の端を上げた。
舌を突き出してマルコのペニスを舐めながら、自分で後孔を慣らすことにしたらしい。
たまにどころか、滅多に見せてくれねェだろい、とマルコは心の中で溜息だ。
残念ながら、素面でお目にかかったことはない。
眼下の光景もたまらないが、羞恥に身体をひくつかせながらこんな媚態を見せてくれるというのなら、それはそれで大歓迎なのだが。

(男心のわからない奴だねい)

ちゅ、ちゅ、と濡れた音を立ててペニスをしゃぶりながら、切なげに眉を寄せるエースの頬をマルコは撫でた。
心地よかったのか、すり、と頬をすりつけてくる仕草がこの場には似合わないほど幼い。
まったく恐れ入る、とその喉元をくすぐりながら、マルコは腰を引いてエースの身体を抱き寄せた。

「っん、ア!」

ぐるりと体勢を変えてベッドに寝そべり、エースを腹の上に迎えると、体内をひどく刺激して抜けたらしい指に高い声が上がった。
ひくつくエースの腰をなだめるように撫でて、熱を欲しがって収縮する後孔に指を挿入する。

「っあ、や……!」
「ちっとくらい、触らせてくれてもいいだろい」
「あ、あ、だめ、だ、って…!」

ぐちぐちと粘着質な音が立って、エースの内壁は慣れたマルコの指を締め付ける。
エースよりもずっとエースの身体を知っている指は、エースの知らない快感を連れてくるのだ。
自分では怖くて触れなかったところに、いとも容易く触れてくる。

「や、だァ……っ、マルコ、そこ、やっ……!」

腰を浮かせて逃げようとするのに、がっしりと掴んだ大きな手が許してくれない。
がくりと崩折れてしまいそうになる身体を、震える腕をマルコの刺青の辺りについた手で必死で支えた。
鍛えられたマルコの身体は、それくらいじゃびくともしない。

「エース、ほら、気持ちいいのから逃げるなって教えたろい?」
「っん、だ、って、ア、だめ…!やだ、もうっ、マルコ、やだ!」

イッちまう、とふるふると頭を振って訴えるのに、悪戯なマルコの指がようやく引き抜かれる。
ほっと息をついたのも束の間、腰を浮かされて恥ずかしい窄まりにマルコの熱が宛がわれた。

「あ、マルコ……」

ぞくぞくとエースの背を這い上がるのは、この先の悦楽に対する期待と、ほんの少しの恐怖だ。
見透かしたように、マルコの手がエースの頬に伸びた。

「自分でしてみろよい、エース」

出来るだろい?と促す声は、まるで甘い毒のようだ。
鼓膜を侵してエースの神経を支配していくその声に浮かされて、エースはゆっくりと体重をかけた。

「っ、イ、あ……ッ」

何度しても、慣れない。
身を任せて体内を押し広げられるのと、自らそれを望むのとではわき起こる感覚がまったく違う。
いつもなら少しだけ苦しそうなマルコの表情だとか、伝う汗だとか、肩ごしに見える天井だとか、そんなものを潤んだ視界に映しながら与えられる熱を甘受するのに、いまは羞恥にほてる頬も、悦楽に歪む表情も、はしたなく屹立した自身も、全部全部見られている。
ねっとりと舐め上げるように絡むマルコの視線と、あやすように促すように触れる優しいてのひらの相反する感覚が、エースの羞恥を煽っては興奮させた。
ちりちりと、頭の芯が灼かれる。
たまらなくなって、目を瞑る。
ゆっくりと、ゆっくりと体内に迎え入れていたはずの熱をずくりと最奥まで呑み込んだ瞬間、エースは耐えきれずに声もなく達していた。

ぱたぱたと、マルコの腹に白濁が散る。
きゅうきゅうと体内のマルコのペニスを締め付けて、内壁があさましくうずいた。

「ッ、いれただけで、イッちまったのかい……?」

危うく持っていかれるところだと唇を歪めたマルコの、からかいの言葉も耳を素通りしていく。
どくどくと脈打つ心臓がうるさくて、上手く継げない呼吸に喉がひくりと鳴った。
頬を撫でていたマルコの手が耳をくすぐり、汗で張り付いたエースの髪を掻き上げて、愛しげに撫でた。

「マ、ルコ……、ッァ―――…!」

ごめん、と口にしかけた瞬間だ。
腹筋を使って起き上がったマルコが、そのままエースをベッドに押し倒した。
その拍子に体内を侵す熱の角度が変わって、エースは反射的に目を瞑ってシーツを掻くように手を握り締める。
すっかり力の入らなくなった脚をマルコに抱えられて、腰を浮かせて背をシーツについたような恥ずかしい格好だ。
見上げる先には余裕のないマルコの表情と開かされた自分の脚が見えて、エースは荒く息をついた。

「悪ィない。手加減してやれそうにねェよい」
「ま、待って、あっ、ア!」

言うが早いか、腰を引いて律動を始めたマルコに、エースの制止の声は届かない。
達したばかりの身体は快楽の残滓と気だるさに酔ったままで、与えられる熱についていけない。
いつもより強く揺さぶられて、後孔を拡げる熱に深いところを犯されて、エースは顎を反らして声を上げた。

「あっ、あ、マルコ、マルコ……!」

晒された喉元に、マルコの舌が這った。
息をするのも苦しい体勢で、それでも必死にマルコの身体を抱き寄せる。
涙に歪む視界に自分を見下ろすマルコの姿をとらえて、エースはねだるように口を開いた。
察したように降ってきた唇と、舌先だけでキスをする。
唇が触れないのがもどかしくて、けれど相手の舌が自分と同じだけ熱いのに気が付いてもっととねだる。
マルコに舌を吸われて、指先にもされたように厚い唇で扱かれた。
酒のせいか、マルコのせいかもうわからない。
どこもかしこも馬鹿みたいに敏感で、エースはびくびくと腰を跳ねた。

「んっ、んあ、ァ、ああッ」

マルコを咥え込んだ内壁がひくつくのに、エースの限界が近いのを悟ったらしい。
再びマルコに奥を求められて、弱いところを擦られて、浅く速く、呼吸が乱されていく。
抱き寄せた身体に縋るように爪を立てて、マルコの名前を呼ぶ。
その声ももう掠れて上擦ってなんだか情けなかったけれど、マルコは煽られたようにエースの鎖骨に歯を立てた。
ぎり、と痛みが走るほど噛まれた後に、熱い舌がなぞって愛しそうに口づける。
泣きそうだと、そう思った。


「ッ、エース……!」
「んっ、マル、コ、もうっ、も、……ッあ――――……ッ!」

余裕のないマルコの声が耳元に落ちて、かたく瞑った瞼の裏が赤く灼かれて、エースはまるで白い光に抱かれるようにして達した。
きん、と耳鳴りがして意識が遠くなるなかで、体内に吐き出されたマルコの熱に小さく声を上げる。
そんなエースをなだめるように優しい唇が頬に触れ、鼻先に触れ、額に触れたのを最後に、エースはぷつりと眠りに落ちた。






すっかり意識を失ったエースを毛布にくるんでソファに寝かせると、マルコはいつもの酒をぐびりと一口喉に流し込んだ。
度数の高いそれが過ぎていくときに、かっと焼かれる感覚が好きだ。
恋人が口にしたのも、きっといつもよりずっと度数の高い酒だろう。
陽が昇ったら、二日酔い確実のサッチとビスタを叩き起こして問い詰めてやらねばならない。

静かな寝息を立てる恋人は泣き腫らした目元を赤く染めて、幼い顔つきで夢の中だ。
散ったそばかすが、寝顔の幼さを助長する。
つい誘われて、やわらかい黒髪をくしゃりと撫でた。
きっと起きたら今夜の記憶などないだろう。
腰が痛いとめそめそ泣くだろう彼を想像して、どうからかってやろうかとほくそ笑みながら、
マルコは愛しい恋人のために汚れたシーツを張り替えた。

fin.


title:柴咲コウ

「酔っ払いで襲い受けになったエースがやっぱりマルコには敵わない的な話」
と、いうわけでムーさんに捧げます。
果たしてリクエストに副えてるんでしょうか不安です…。
でも好き勝手書かせて頂きました滾るリクありがとうございましたー!リンクほんとに嬉しいです!^^*