階段から落ちる (後)      10.01.10 10.02.06掲載




※大学助教授マルコ×高校3年生エース。
エースさん初恋。





<階段から落ちる (後)>


「っ、待てコラ、ポートガス!」
「ごめん、おれ腹減ってんだよ!」

突然立ち上がったエースに何事かと瞠目したスモーカーは、次の一瞬の動作が遅れた。
その遅れが、致命的である。
机を挟んだ状態で話し合っていたために、スモーカーは机を乗り越えるにしろ回り込むにしろ時間のロスが出る。
その間にエースは部屋を飛び出して、一目散に階段へと駆けて行ってしまった。
叫んだときにはすでに、エースは階段の一番上に辿り着いたところだ。
ぴょんぴょんと跳ねるように、一段飛ばしで階段を降りる途中でようやくスモーカーが手すりを掴んだ。

「ポートガス!!」

もう一度強く名前を呼ぶのに、くるりとエースが振り向いた。
すでに、踊り場に辿り着く直前である。
最後の一段を飛び降りて、手すりを掴んだ左手を軸に遠心力で身体の向きを変えたエースがにかっと満面の笑みを浮かべた。

「また月曜な、スモーカー!」

先生を付けろ馬鹿野郎、と怒鳴りつけるより早く、スモーカーの背を冷たい汗が伝う。
ふわふわと跳ねていた黒髪が、飛び降りるのとは違う動きで階段の下へ吸い込まれるように消えたからだ。
まさかあの運動神経の良い男に限って、とは思うのだが、思ったより勢いのついた遠心力のせいで脚を踏み外したとすればありえなくもない。


「う、わ……っ」
「……なァに慌ててんだい、青少年」


若干の焦りとともに、ばっと身を乗り出したスモーカーの耳に聞こえてきたのは、心底驚いたようなエースの声と、もうひとつ、語尾に特徴のある聞き慣れた声だ。
見下ろした視線の先に、階段から落ちる直前のエースを右腕ひとつで抱きとめた金髪の男の姿がある。
ひょい、とその身体を踊り場まで押し戻しながら上を向いた男を見て、しめたとばかりにスモーカーが叫んだ。

「マルコ!いいとこに来てくれた、そいつ離すな!」
「げっ、ちょ、離してお兄さん!助けてくれてありがとう、でもおれあの人に追われてんだって!」
「どういたしまして、だがそうはいかねェよい。残念ながらスモーカーとは長ェ付き合いなんでな」
「嘘だろ!?はーなーせってば、人でなし!」

じたばたと暴れてみるものの、スモーカーと比べれば細身だががっしりとした大人の男の腕は、まだ成長期のエースでは振りほどけそうになかった。
悔しいと感じるのと同時に情けない思いもするが、いかんせん体格差はどうにもし難い。
悪あがきするエースの首ねっこを、後ろからがっちりとスモーカーが掴んだ。

「っ、離せってば、それもうセクハラ!」
「てめェは言うに事欠いて……!だれが男子学生相手にセクハラなんざするか!」
「なんだよ女子相手ならすんのかよスモーカーのロリコむぐっ」
「それ以上言ったら放課後いっぱい拘束すんぞポートガス……!」
「ポートガス?……ああ、おまえさんがエースかよい」

スモーカーの大きな手で頬を掴まれてまるで蛸のような口許になったエースに、納得がいったとマルコが手を打った。
一方のスモーカーは何故知っているんだと眉を寄せ、エースに至ってはマルコが誰だかわからない状況である。
揃って訝しげな表情をする二人に、マルコがふと苦笑を漏らす。
するりと力の抜けたスモーカーの手から逃れて、エースが率直にマルコに訊ねた。

「ね、なんでおれのこと知って……」
「センゴクのおっさんからずいぶん聞かされてるからねい。高等部に活きのいいのがいるって。勿体ねェ、もう少し、自分のこと考えてやれよい」
「な……」

絶句するエースをよそに、スモーカーが苦虫を噛み潰したような顔で低く唸る。

「あのオヤジ……おまえにも愚痴ってんのか、ポートガスのこと」
「本音として、外に出したくねェんだろい。ま、確かに難はありそうだが……そうでないと面白くねェってもんだよい」

おまえの生徒だったとは知らなかったと笑われて、舌打ちを隠さないスモーカーだ。
やれやれとでも言うように肩をすくめたマルコはエースに向き直ると、ぽかんとしたままの間抜け面に手を伸ばす。
そうしてぽんぽんと頭を撫でた後、指先でくしゃりと癖っ毛を乱した。


「元気なのは結構。だが自分に無頓着ってのは頂けねェなぃ。……大学で、おまえさんを見てみたいもんだよい」


そう言って、マルコは屈託なく笑ってみせる。
その表情にエースは、ぼ、っと顔が真っ赤になるのがわかった。
そんなエースの様子には構いもせずに、マルコは届け物があるからと階段を昇っていってしまう。
ぴしりと固まったエースを訝しみながら、スモーカーは逃してなるかとその襟首を掴み直した。
そうしてそのまま、ずりずりと引きずるようにして階段に足をかけ始める。
抵抗に遭うかと思ったが、エースは大人しくひきずられるままだった。
代わりに、呆然とした様子でぽつりと呟く。

「な、スモーカー……いまのひと、だれ」
「先生を付けろ、ってんだ。大学部の助教授サマだ、おまえにゃ縁ないだろうがな」
「そっか………じゃあ決めた、おれ大学行くよ」
「あァ!?」

今日の夕飯なにかなとでも言うように、エースの唇からするりと出てきた言葉にスモーカーが目を剥く。
あれだけ答えを先延ばしにしていたくせに、ずいぶんあっさりと決断するではないか。
解せない、とでも言いたげにスモーカーの眉間には深い皺が刻まれた。

「ポートガス。なんだってんだ急に、薦めはしたがな、そんな簡単に……」
「思い立ったが吉日って言うだろ、先生」
「あのなァ……まあ、大学が選択肢に入ったならそりゃ結構だが、どっちにしろ時間がねェぞ」
「そうでもないさ、どうにかなるよ」

ルフィと違って頭も悪くはないからな、とエースがにやり笑った。
性質の悪い悪戯を思いついた子供のようなその表情に、スモーカーは盛大に溜息をつく。
それから、引っ掴んでいた襟を解放した。

「うわっ、いきなり離すなよ、危ねェな!」
「うるせェ。とっとと行っちまえ、進路については一度親御さんに相談しろよ」
「はは。まァ、好きにしろって言われて終わりだと思うけどなァ」
「……親に甘えんのも、決めたことを報告すんのも子供の義務だ。スネかじるんならきちんとしろ」
「……りょーかい。動機が不純なんで、ちょっと心苦しいけどな」
「は?」
「なんでもねェ。じゃあなスモーカー、また来週!」
「先生を付けろって言ってんだろ!」


最後の最後まで怒鳴り声を響かせる羽目になったスモーカーをよそに、エースの足取りは軽やかだ。
タイミング良く再び鳴り出した携帯を取り出して、シュライヤに怒られながら昇降口を目指す。
愚痴を聞いて、ファストフードで腹を満たして、弟をいじって、それから少し、勉強もして。
高校生の放課後はなかなか忙しいのである。

残すところ、あと三ヶ月。
恋をするには十分だ。


fin.


10.01.10〜10.02.06WEB拍手掲載
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入学した後で眼鏡に白衣のマルコ見て頭から湯気ふくエースに一票。