at the town      10.01.03




からん、ころんと下駄が鳴る。
目抜き通りの石畳を踏み歩けば、仲見世の並ぶそこには色とりどりの提灯が掲げられ、ワノ国は新年の祝いに沸いていた。
少し先にある広場が騒がしくなったと思えば、派手な爆竹の音とともに唐獅子が舞い、賑やかに笛の音や太鼓が聞こえてくる。
そこかしこに垂らされた紅白の幕には、金で「祝」の一文字が箔押され、そぞろ歩く人々の目を惹いていた。

新年には米酒が呑みたい、と一言そう命じられて、白ひげ海賊団は偉大なる航路ははるか東、ワノ国へと舵を取ったのだった。
幸い、永久指針を山ほど所持しているなかに目指すそこがあったので、さほど苦労もせずに辿り着いた。
それが昨日、大晦日の晩のことである。
慌ただしく宴の準備を整え、新年を祝ったのはそれからすぐのこと。
明け方まで呑んで食って歌って騒いでを繰り返して、ようやく眠りに就いたのはすっかり日が昇ってからだ。
そうして目を醒ましたのち、どうせこのまま三日四日は宴が続くのだから、誕生日くらいは一緒に過ごせと豪快に笑った白ひげの計らいで、海賊団は宴の主役を、一番隊の隊長は仕事を取り上げられて、日暮れとともにぽいと船を追い出されたのだった。

隊長連中にプレゼントされた朱色の紋様鮮やかな漆黒の着物を着たエースに対し、横を歩くマルコは濃紺に白と金糸で細やかな縫いとりの施された着物を着て、寒がりな肩には同系色の羽織をひっかけている。
マルコの着物もまた、マルコを除く隊長たちからのサプライズだった。
ワノ国なのだから二人揃って着物デートを楽しめばいいと、そんな揶揄も含まれているから素直には喜べない。
背に縫われたせっかくの鳳凰が見えないのはつまらないとエースが残念がったが、後でいくらでも見せてやると言われて機嫌を直したのがつい先ほどのことだ。

吐息は白いというのにエースはすっかり胸元が露わになるほど前身ごろを弛ませ、マルコもまた刺青が隠れる程度にだが着崩していた。
それでいて背も高く、よく鍛えた身体は自然と人目を惹く。
先ほどから、茶屋の女だろうか、二人ともがひっきりなしに声をかけられていた。
しかしながらマルコの財布だからと遠慮なしに食べ物を買いあさっては胃袋に収めていくエースは見向きもしないし、
ふらふらと右へ左へ歩いては迷子寸前になるエースから目の離せないマルコもまた同じだった。
時折、酒蔵を覗いては親父の気に入る酒はないかと味見をしているものだから、あまり酒に強くないエースはほろ酔いなので余計にだ。
無意識に振り撒かれる色気ほど厄介なものはない。
ちらちらと視線を寄越すのは、なにも女だけではない。
あからさまな視線のなかには男もいるから、マルコの気苦労は増す一方である。
エースを見せびらかして歩きたい、という欲求に従っている部分もあるので、気苦労もなんのそのと言いたいところではあったが。

「エース。そろそろ宿でも探さねェかい」

ただ茶を振る舞うだけではない、肌も露わな女たちが白い手で誘う茶屋が増え始める界隈で、溜息混じりにマルコが告げた。
竹や藤から金銀細工まで揃えた小間物屋の前で目をきらきらとさせていたエースが振り返る。
その向こうで、老齢の女主人が緩やかな笑みを浮かべていた。
……つまりは買って行けと、そういうことらしい。
再びの溜息をひとつ、諦めたように視線を落としてマルコは店の傍へと歩み寄った。
そんなマルコの姿をまじまじと見て、女が言う。

「坊や、この人が坊やのいい人かい?ずいぶんな男前捕まえたじゃないか」
「だろー?あ、見惚れたってやんねェぞ」
「やだよ、こんなお婆さん、相手にされるわけないだろ!」

冗談はよしとくれよ、とけらけら笑う姿は元気なもので、マルコは気づかれないよう肩を竦めた。
店先に並んだ小物を指先でちょいちょいと弄りながら、エースも笑う。
浮かんだそれは、厭味のない、純粋なものだ。

「えー、綺麗な人だから不安だよ、おれ」
「ふふ!悪い気はしないね。ほら、どうだい?坊やに似合う。安くしとくよ」
「あ、すげェ!わー、なんだこれ、凝ってるなァ……これも金?んー、欲しいけど、」
「……買ってやるから、なんでも好きなの選べよい」
「え、いいよ!おれこういう細工物ってどう扱っていいのかわかんねェし」
「じゃあ、アクセサリーにでもすればいいだろい」

店に並ぶのは、部屋に置いて見て愛でるものから、装飾として身に着けられるものまで様々だ。
女でも詫び寂が分かるわけでもないから香炉はいらないだろうし、時に激しい嵐に揺さぶられることもある船に繊細な細工物は勿体ない。
ただエースに似合いそうなリングもブレスレットも置かれていたし、龍紋が型押されたドッグタグのようなものもある。
非番のときには様々なスタイルを着こなすエースだ。
なにか気に入るものはないのかとマルコは訊ねた。

「んんん……、でもさ、マルコ」
「坊や。いい人が買ってくれるって言ってんだから、あんまり遠慮するもんじゃないよ」
「……そーゆーもん?」
「そーゆーもんさ。ほら、これは?試してごらん」
「うわ、いいなァこれ。シンプルに見えるけど、これなに?飾り細工って言うのかな、すげェ凝ってて」
「だろう?どうだい、彼氏の目から見て」
「……いいんじゃねェかい」
「ほんと?……じゃあ、これがいい、マルコ」
「はいよ。姐さん、幾らだい?」
「やだね、坊やの前で勘定なんかするもんじゃないよ。ほら、こっち。坊や、ちょっとそれ借りるよ。後で彼氏に薬指に嵌めてもらうといい」
「あははは!そりゃいいや、楽しみにしてるよマルコ」
「……うるせえよい」

しゃがみ込んだエースの髪をくしゃりと撫でて、マルコが女主人とともに店の奥へと入っていく。
その後ろ姿を見送って、エースはふわりと笑みを浮かべ、また細工物を眺め出した。



「……いい子じゃないか、今どき珍しい、素直な子だよ」
「じゃなきゃ手なんか出すかよい」
「ふふふ!大事にしてやんなよ」
「ああ……そうだ、姐さん、どっかいい宿知らねェかい」
「いい宿、ねェ……あんた、ずいぶん羽振りは良さそうだが」
「まァ、金にゃあ困らねェ商売してるからなぃ」
「まったく羨ましい話だよ。とびきりの宿、紹介してやろうじゃないか」
「そりゃ、有難い。ああ、釣りはいらねェよい」
「毎度、どうも。それ、ちゃんと薬指に嵌めてやるんだよ。横からさらわれそうなくらい可愛い子だ」
「おれのモンに手ェ出せるような奴はそうそういねェよい」
「あっはっは!頼もしい限りだね!」

店の地図だよと、差し出された紙を受け取る。
宿には連絡をしておくからと申し出てくれた女主人に礼を言って、マルコは朱色の暖簾をくぐった。
そうして三歩ばかり進んで思い出す。


「……ああ、赤髪は別か。面倒なのを忘れてたよい」
「え?シャンクスがどうかしたのか?」
「……なんでもねェよい。ほら立て、エース」

ごく自然に差し出された手を思わずまじまじと見て、それからエースはにっこりと笑う。

「ん、ありがとマルコ!」

繋いだ手は、いつもより少しだけ熱かった。


fin.


でろんでろんに甘くなっていく予定です。