壊れた聴診器     08.09.23






闇医者×暗殺者なパラレルです。
長引きそうなので分けてみます。

※書いた当時は続く予定でしたが続き書いてません。
書く予定もいまのところありません。





side:S

珍しい失敗をしたものだ。
鋭く重い痛みを訴える右の腹をおさえ、その手を濡らす赤に顔をしかめながら、スクアーロは歯噛みした。
暗殺を請け負うようになってもうずいぶん経つが、こんなヘマをしたのは初めてだ。
このところ眠っていなかったのは認めるが、それを言い訳にするほど半端者ではない。
標的は追っ手を含め始末したが、いかんせん抱えた傷が深すぎる。
夜明けまでに寝ぐらに戻れなければ、恐らくこのまま失血死だ。

「ッ、ぅ……」

情けない、と苦い息を吐き出せば、途端に目眩に襲われた。
ぐにゃりと歪む視界はたやすく身体のコントロールを奪って、スクアーロはあらがえず壁づたいにへたりこんだ。
鼓膜にうるさいほど響く己の鼓動は、あるいは死神の足音だろうか。
暗いはずの路地裏にちかちかと極彩色が混じる。流れ出る赤の他に見えるのは、もはや色彩の感覚さえ危ういからだ。
浅く、速くなる呼吸は今までに己がなぶってきた相手が死に逝く様と似てうすら寒い。
碌でもない最期を迎えるだろうとは思っていたが、いざその淵に追いやられてみると、不思議と生への執着がわくものだ。
生き足りないというよりは斬り足りないのが正直なところで、つくづく救いのない、と自嘲する。
ずるりと壁と背が擦れたところで、身体が引き上げられるのを感じた。

* * *

side:X

珍しい拾い物をした。
姿形は自分と同じ人であるが、感じる気配は獣のそれだ。
獣、というには少しばかり利口なようだから、狩場は陸ではなく海かもしれない。
例えるなら鮫だろうか。
それもとびきり気性が荒く、とびきり見目の美しい種だ。
拾ってやる気になったのは、目にした生き物のもつ色がただ美しいと感じたからだ。
死なせてやるには惜しい気がした。

「ずいぶんな血の臭いだな。……五人じゃ足らねぇか……上等だ、気に入った」

もし死んだら剥製にでもしてやろう。
この色が永遠に失われることなくそばにあったなら、それはそれで愉しめる。
この生き物にとって幸か不幸か、己の棲処はすぐそこだ。

* * *

どうやら死神には嫌われたらしい。
意識が戻ると同時、スクアーロは思った。
あれだけの深手を負ったにもかかわらず、身体は痛みを訴えない。
思考回路が鈍いのも、恐らくは視界の隅に映る点滴が流し込む薬によるものだ。
指先を動かしてみても、どことなくぎこちない。身体を動かそうにも、麻酔がまだ効いているのか、自由にはならなかった。
仕方なく眼球だけを動かして、スクアーロは周囲を確認する。
病院……ではないらしい。
やけに荒れた室内だ。
薬品棚と思われる棚のガラスは割れ、緑色やら茶色やら、毒か薬かも判らぬような液体が流れている。
ビーカーや試験管の類は、通常の病院なら患者を寝かせるような部屋では見かけないだろう。
血のついた包帯も放置されたままではないだろうし、聴診器らしきものもぐにゃりと曲がって役に立ちそうもない。

「不衛生極まりないぜぇ……」
「余計な世話だ」
「っ、!?」

独り言に返る言葉があるとは思わず、知らない声に目を見開いた。
いくら思考が鈍っていても、気配に気付けなかったことなどこれまでに一度もない。
室内の薄闇に紛れていた男は、いかにもといった胡散臭い白衣を肩に引っ掛けてスクアーロのもとへ歩み寄ってきた。


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08.09.23
title:たかい