そこはかとなくえろす(そしてアホ)
また、だ。
表情に出すことなどせず、ほんのわずかに落胆し、ほんのわずかに苛立つ心を押さえつける。
指先に感じる男の肌に、馴染まない傷痕。
か細い、けれど確かな情事の名残。
この男に傷をつけるとは、毎度ながら女の肝も据わっている。
あるいは、この男を狙う女共の牽制の証だろうか。だとすれば実にくだらない。
そのくだらなさに波立つ自分は、更にくだらない。
自嘲に唇を歪めれば、ふいに男の突き上げが深まった。
「っぅ……」
「なにを考えてやがる?」
「なに、も……っ」
「ハ。ほざいてろ」
「あ、ァ…ッ」
掴まれた腰は痛いくらいで、痩せたそこは骨の擦れる鈍い音を立てる。
本気の相手などいないだろうが、散々女を抱いているくせに、男も喰らうとは悪趣味な野郎だ。
思いながら、その悪趣味に付き合っている自分は棚に上げた。
不愉快な傷痕から指先を逸らし、上腕に新たな傷を創ってやる。
もちろん男に血を流させる趣味はなかったから、わずかに引っ掻いた程度のささやかなそれだ。
何に気づいたのだろうか。
見下ろす男の赤い目は、ほんの少しだけ驚きに瞠られたように思えた。
だがそれも瞬きほどの一瞬で、再び意地の悪い笑みを貼りつけた男は好き勝手に貪ってくれた。
まるで荒波にでも浚われるように、この男との情交には余裕がない。
情交、では少し言葉が異なるか。なんの情も交わしてはいないはずだから。
理性と意地とで押さえつけ、男に向かう自分の情には気づかない振りをしておいた。
「ボ、スッ……、も、ッッ…」
獣じみた荒い呼吸は骨まで溶かし、どろどろに渦巻く欲求を連れてくる。
手を伸ばせば届く距離にあるそこへ、けれど男の許しなしには辿り着けない。
いつから支配されているだろう。
自分ばかりが奪われて、奪い返すことなど叶わない。
それでいいのだと思わされるから、なおいっそう質の悪い。
汗ばんだ肌も。
聞こえる吐息も。
欲に濡れた瞳も。
押さえつける腕の強さも。
嘗めあげる卑猥な舌先も。
奥深く刻まれる、熱も。
どれもこれも与えられているようで、その実なにひとつこの手には残らないのだから笑えない。
それを惜しいと思うのではなく、他の誰かにも与えるのかと思えば鎮めたはずの心がまた騒ぎだす。
この感情の名は知っている。
知っている、けれど決して認めたくはない。
「もっ…、ァ、…ッ……!」
最後の最後、のぼりつめるその刹那。
敗けたままでいるのは癪で、つい噛みついたら殴られた。
fin.
「しし。ほっとんど死んでんじゃん、先輩」
「うっせぇ……出てけぇ、ここは俺の部屋だぞぉ」
「すぐ出てくよ、こんな狭いとこ。ただちょっとさー」
「狭くて悪かったなぁクソガキィ」
「絡むなよ。なー、昨日、ボスになんかサービスした?」
「ッ、は、あ゛あ゛ぁ!?」
「ウブなのもいい加減にしろよ先輩」
「てめっ、バッ、何……っ」
「ボスがさぁ。今朝から機嫌いいんだよねー。これは先輩が何かしたな、と」
「なっ、な……っ」
「まー先輩の様子見たら丸わかりだけどさ。しし、ゴチソウサマー、王子ちょー胸やけ」
「ベッ、待……っ…――――〜〜!!!」
08.09.02