freesia      10.02.06〜10.03.31WEB拍手掲載




階段から落ちる」の続編
エース+ルフィです。




「エース、勉強なんかしてんのか?」


<freesia>


元々くりくりとした眼を更に大きくまるくして、エースの部屋を訪れたルフィが言った。
受験シーズンなのだから机に向かっている方が当たり前だが、つい先日まで一緒に昼寝や悪戯を楽しんでいたはずの兄が
教科書を開いてペンを走らせている姿は、ルフィにとってはひどく珍しいものであったらしい。
遊びに誘いに来たのだろうルフィが小脇に抱えたバスケットボールを見て、エースがすまなそうに片手を上げる。

「悪ィな。試験が来月なんだ、しばらく構ってやれそうにねェ」
「あァ、いや、いいんだ。ゾロでも誘いに行くからよ。しっかしほんとに珍しいモン見たなァ〜」
「おいおい。おれァおまえと違って遊び以外でも努力家で成績優秀なんだぜ?」
「知ってるさ!自慢の兄ちゃんだ!」
「………あァ、うん……」

からかって怒らせてやるつもりで口にした台詞に満面の笑みで当然だと返されては、
恥ずかしくていたたまれなくなるのが人という生き物だ。
エースもまた例に漏れず、わずかに頬を赤らめ、視線を外してはにかんだ。
こういうところが、この弟には敵わないと思う。

「邪魔しちゃ悪いから、おれ行くよ。その前になんか飲み物とかいるか?」
「はは、なんだ、ルフィも気ィ遣える年頃になったのか?ありがとな、でも今はいいよ、欲しくなったら下に行くから」
「そっか。あ、じいちゃんが今日は遅くなるから、夕メシ食っててくれって」
「んー。ルフィはなにが食いてェ?」
「ピザ!」
「ははは!やっぱりな。じゃあ6時に配達頼んどくから、ちゃんと帰ってこいよ。なんならゾロも連れてこい」
「おう!ゾォーロォー!!!」
「外で呼べ!!」

廊下の奥、隣家に面した窓に向って大声で叫ぶルフィを叱って、エースはぽりぽりと頭を掻く。
ゾロとは腐れ縁とでも言おうか、家が隣なだけあって幼いころからずっと一緒だった。
思い立ったら即行動、あまり頭で考えることをしない弟に振り回されつつも、付き合ってくれている彼をありがたく思う。
毎日のように迷惑をかけてくれる弟だが、そんなところまで含めて愛しいから憎めない。
このブラコンぶりは、我ながら呆れてしまうほどだ。

「悪ィ、エース。じゃあおれ行ってくるな!」
「あァ、気をつけてな。春休みは目いっぱい遊んでやるからよ」
「おう!……ところで、ひとつだけ訊いてもいいか」
「ん?なんだ?」

ふと声のトーンを落としたルフィに、エースは兄の顔で促す。
やわらかに笑みを湛えた瞳を見据えたルフィが、


「なんで急に勉強なんか始めたんだ?」


当然と言えば当然の問いに、一瞬、エースは言葉を探す。
きっとあまり深い意味なんてなかっただろう。
けれどその問いを寄越されて頭に浮かぶ金と青の鮮やかな色合いに、エースは思いを馳せる。
あんな一瞬で、さらわれるような色は初めて見た。
金も青も、今までいくつも見てきたのに。
きっと彼が持っていた色だから、そんなことを思うのだろう。
そう考えるエースは、そのとき、自分が兄の顔をしていなかったことに気づけない。
初めて見るエースの表情に、ルフィが思わず目を瞠ったことにも。

「――――……欲しいものが、できたんだ」

選んで告げたエースの言葉に、ルフィがこくりと頷く。

「それは、試験に受かると手に入るのか?」
「いいや。でも試験に受からなきゃ、まず土俵に立てない。その後は……まァ、おれの努力次第だな」
「そっか。まァでもきっとエースなら大丈夫だな」
「……なんでそう思う?」

ほんの少しも疑わず、間髪いれずに返された言葉に、エースがルフィを見つめる。
その視線を受けて、そりゃもちろん、とルフィが笑った。

「エースは頑張り屋だし、エースが狙ったモンを逃したことないのも知ってるしな!」

自信満々、と言わんばかりに胸を張って仁王立ちしたルフィが放った言葉に、今度はエースが目をまるくした。
なんの根拠があるでもないのに、弟はエースが望む結果になると信じて疑わないらしい。
まったく敵わないといった表情で、エースもまた笑い返した。


「……プハハハ!おまえにそう言われると心強いな!よし、今日は特別にデザートも頼んどいてやるよ、腹空かせて帰ってこい」
「えー!いいのか!?わかった、思いっきり遊んでくるよ!」
「おう、行ってこい!」


顔を輝かせて飛んでいく弟に手を振って、エースは再び机に向かう。
窓の外はいい天気だ。
まだ遠いはずの春が、浮足立って訪れてしまいそうなほど。
思わず手を伸ばしたくなる景色から視線を外して、腕を前に出してストレッチしながら、首を横に倒してこきりと鳴らす。
使い慣れたペンを持ったら、いま一度気合いの入れ直しだ。


「さて、と」


弟の自慢の兄の立場を失わないため、「狙った獲物を逃さない」ためにも、
もう少しだけ我慢をして、勤勉な受験生活とやらを送ろうか。


fin.


10.02.06〜10.03.31WEB拍手掲載
freesia:純潔、無邪気