Trick or Treat?      09.11.03発行 11.10.31掲載




「Trick or Treat?」

どこで付けた知恵だか知らないが、やけに機嫌の良い男は黒装束でそう笑った。
にやりと笑むその口許から、取って付けたような牙がのぞいているのは気のせいだろうか。
気をきかせてドアを開けてやったのが、どうやら仇になったようだ。

……見なかったことにしてしまおうか。

無言でドアを閉めようとしたキッドの眉間に、がちりと冷たい感触である。
視線を上げれば、そこにあるのは銃口だった。
普段は銃など使わないくせに、なんだってこんなときばかり小道具の用意も万全なのだ。
更には悪徳セールスよろしく、ローの片足はドアの間に差し入れられている。逃げ道などとうにない。
つ、とキッドのこめかみを伝った汗に、ローの口角が上がっていく。
盛大な後悔もすでに遅い。
運命の扉は力ずくで開かれた後だった。


待ち合わせたのは、いつもと変わりない無法地帯の外れの宿である。
互いの船からほどよい具合に離れたそこは、クルーの目を気にすることなく関係を結べる格好の場所だった。
無論、見られたところでさほど困るわけではないし、とっくに日の下に晒された関係である。
ただ優秀な右腕のお小言を聞くのが面倒なだけだ。
言っても聞かないからと諦められているローはいい。
キッドはといえば毎度適当な理由を付けて船を出るか、あるいは街を歩きながら行方を晦ましているのだが、
船に帰ったときにじっとりと背中に張り付く視線が痛いのだ。
今日だって宴だなんだと騒ぎたてる仲間たちの間を抜けて、ようやくキラーの目をごまかしてきたところである。
これ以上頭痛の種を与えてくれるなと、キッドはこめかみをほぐしながらローに対峙した。


* * *


「どうだ?似合うだろユースタス屋」

そう言ってくるりと回ってみせたローは、外側は黒く、内側は赤いその長いマントをことのほか気に入っているようだ。
わざわざ拵えたのだとすればご苦労なことである。
片手で締め上げられそうな首には、似合いの細いタイがだらりと垂れていた。
恐らくは蝶結びにされていたのだろうが、ローが自分で解いたらしい。
白いシャツの胸元は肌蹴て、……付けたのは二日前の夜だったろうか、覚えのある赤い痕がまざまざと色を残していた。
生憎とキッドにはそれを見せびらかす趣味はないのだが、ローは違うらしい。
誰の命令も聞かない、誰のものにもならないと豪語してやまないくせに、キッドが痕を残すたび、細い指先は満足そうにそれをなぞっていた。
それを悪くないと思うのだから、やはりキッドもどこかずれている。

「フフ、マントの下は裸でも良かったんだけどな。さすがに止められた」
「……てめェは変質者にでもなりてェのか」
「その変質者に溺れてんのはどこのどいつだっけなァ、ユースタス屋」
「おれじゃねェことだけは確かだな」
「ハ!」

上等だ、と鼻で笑ったローがキッドのコートに手を伸ばす。
片手には銃を持ち、キッドの心臓に狙いをつけたままだ。悪趣味にも程がある。

「……で?」
「あァ?」
「お菓子くれんのか、犯していいのか、どっちだ」

ぐり、と胸の真ん中に銃口を突き付けてくれながら、キッドの首筋に鼻先を擦りつけたローが愉しげに訊ねた。
甘える仕草を見せながら、ローの発する殺気の混じった気配がキッドの支配欲を心地よく撫でる。
まったく、いつのまにやら操縦法を覚え込まれてしまったらしい。
悪戯好きのこの男を図に乗らせては後が面倒なのだ。
主がどちらかは、きっかり教えてやらねばならない。
首筋に異様に尖った犬歯を立てようとするローの下顎を乱暴に掴み、上向かせる。
有無を言わせず唇を奪うと、キッドはその歯列をなぞった。

「ぅ、あ……んぅ、」

噛みつこうとわずかな抵抗を見せるローに構わず、指先に込めた力は抜かない。
つつ、と閉じることのできない唇の端から唾液が伝い、白い首筋を落ちていくのを横目に見た。
その首に噛みつきたいのはこちらのほうだ。
唐突に唇を離し、痕の残るそこへ歯を立てる。
しがみつかれていた片腕に、わずかに爪の立てられる嫌な感触がした。
キッドは血が滲むほど力を込めた後、ゆるゆると舌先でその赤をなぞる。
仄かな鉄の味にさえ興奮を覚えるのは、相手がこの男だからなのだろうか。
良くない傾向だ。キッドはそう自嘲した。

「ん、ユース……」

媚を含まないくせに甘ったるい、掠れた声がキッドを呼ぶ。妙に色気の漂う声だ。
足りない、と訴えるローを乱暴にベッドに引き倒す。
手にしていた銃が床に落ちて、ごとりと重い音を立てた。

「いい加減、外せ、それ」

悪趣味な牙を指して言う。
とろりと瞳を弛めたローがニィと笑った。

「てめェが噛みつかせてくれたら外してやる」
「お断りだビッチ野郎」

今すぐ下着を剥ぎ取ってその口に詰めてやろうかと思ったが、この声が聞こえなくなるのは惜しかった。
わずかな逡巡の後、キッドはローのコートをまるで破るような勢いで脱がせ、床の上に放り投げることで自制した。
力任せに引いたせいで、ローのシャツの釦が飛ぶ。
もともとこんなものを着るのはこの日限りだろうから構わない。
露わになるのは北国らしい白い肌だ。
鎖骨の下、青く通る血管さえ透けて見える。
前に一度、引き裂いたら綺麗だろうなと口にしたことがあったが、人の専売特許を横取りするなと理不尽な理由で叱られた。
欲を示す方向がおかしいのは、ローもキッドも同じなのだ。

「は、……っく、ぅ」

反った喉元をべろりと舐める。
ごくりと上下する、喉仏の感触がおかしかった。
ふと漏れた吐息がくすぐったのか、ローが首を竦める。
ついでに肩のあたりにあった指先が爪を立てて抗議してきた。

「てめェ、人押し倒して笑ってんじゃねェ、萎えるだろ」
「は、いつも萎えさせてんのはどっちだと思ってんだ」
「何言ったって興奮する変態が抜かすな」
「てめェに言われたかねェんだよ。コレのどこが萎えてんだって?」
「ッあ、てめ……っ」

いつものタイトなジーンズと違ってゆとりのある黒のパンツの下。
既に主張を始めていたローのペニスをやんわりと包んでやる。
そのまま掌で摩ると、ローが悔しげに唇を噛んだ。

「なに噛んでんだ。ちゃんと鳴けよ」
「っるせェ……!」

ぎろりと睨みつけてくる、その視線にさえ昂る。
いつもは余裕たっぷりに他人を見下げるその瞳が、熱いぬめりを帯びて見上げてくる様はたまらない。
思うさま泣かせてやりたくなるというものだ。
傷が付く、と唇を指先でくすぐり、舌でなぞる。
すると伸びてきたローの舌と自然、絡んだ。

「ん……、ふ、」

好き勝手動きたがる舌を捕まえて、きつく吸った後に甘噛んだ。
びくりと、ローの肩が震える。口唇性欲がまだあるのか知らないが、ローは舌をなぶられるのに弱い。
片手で刺激し続けていたペニスは張り詰め、ひくりと喉を鳴らして睫毛を震わせるのが、慣れているくせにやけにそそる。
裸の上半身を身体の線をなぞるように撫でて、ぴんととがった乳首を抓む。
器用な指は執拗に転がした後、カリ、と爪の先で引っ掻いた。

「ひ、」

痛みと、緩い快楽が走るのに引き攣った声を上げた。
じわじわと広がる感覚が、すっかり昂ったローのペニスにまた新たな蜜を滲ませる。

「キツそうじゃねェか。どうしてほしい」

アンダーの中に手を突っ込んで、先端でくるくると円を描くように親指を動かしながら、吐息の触れる距離、意地の悪い顔でキッドが訊ねた。
ぬと、と親指との間で糸を引く粘液を塗りつけながら、また全体を扱き上げる。
あ、あ、とか細く鳴くローが、焦れたのかキッドの腰を脚で引き寄せた。

「脱がせ、ろ、バカ」

赤く塗られたキッドの下唇を噛み、その紅を乱してねだる。
ペニスを包んだキッドの手に、まるで自慰でもするように濡れそぼったそれを擦りつけながら、だ。
糞野郎、と呟いたキッドが、また飽きずに唇を貪る。
濡れたアンダーごと細い脚から引き抜いて、その間に己の身体をねじ込んだ。
膝頭を掴んで脚を開かせ、キッドは自分の前をくつろげる。
その気配を察したローが、

「フ、フ。牙のせいで、咥えてやれねェ、しなァ……?」

興奮に上擦った吐息で、唇をついばみながら笑う。
これくらいのサービスは、と。
ベッドの端に放られた小瓶を、伸ばされたローの手が捕まえた。
きゅぽ、と片手で器用に栓を開け、傾ければ中から出てくるのはどろりと粘度の高い、甘ったるい匂いのする液体である。
本当は安っぽいピンク色をしていたのだが、間接照明だけの室内ではあまりよく分からなかった。
十分に掌に広げて温めると、ぬるぬるとぬめるその手で、自分の昂りとキッドのそれとを触れ合わせて擦り始める。

「ッア、ふ、……ぁ、」

ぬちゅぬちゅと濡れた音が耳につく。
ローの好きにさせる間、キッドもまた同じ粘液で指先を濡らし、ローの後孔を犯しながら忙しなく舌を絡ませ合った。
伏せた瞼がひくりと震えている。血の通わぬような頬がいまは上気し、ふだん穏やかな呼吸も荒く短いものに変わっていた。
散々キッドに抱かれてきた身体は従順に開き、受け入れたキッドの指を締め付ける。
ローの腰が揺れ出すころ、キッドの舌はローの身体を這っていた。
鎖骨をなぞられ、乳首に歯を立てられては嬌声とともに喉を喘がせる。
後孔に呑み込まされた指は三本を数え、動きの鈍くなったローの手が擦るペニスは潤滑液だか先走りだかよく分からないものでしとどに濡れていた。

「も、ぅ、い、だろ……っ」

太い指を根もとまで咥え込みながら、早く寄越せとローが腰を揺らした。
知っていて、キッドは内壁を掻くように指を前後する。
そのまま頸動脈に歯を立てると、柔らかな襞が指を締め付けてひくひくと収縮するのが分かった。

「っあ、あ、や……!」

喉を反らし、酸素を求めるように大きく開けられたローの口から、とがった牙が見え隠れする。
じわりと眦が濡れて、決して強くはない視線がキッドを射抜いた。

「ってめェ、んな悠長なセックス、いらねんだよ……!」

どん、と力の入らない手がキッドの胸元を叩き、悔しそうに眉を寄せたローが挿れろとねだった。
ねだるというよりは、命令を装った懇願に近かっただろうか。
いつだって本能に従順な男だ。眠いときは最中でもおかまいなしに寝ると宣言するし、欲しいと言ったときには力づくでも手に入れる。
それがどうだ、少し焦らしてやるだけで拗ねてねだってくるのだから、まったく可愛いものである。

「犯すとかなんとか、ぬかしてなかったか」

菓子はやってねェはずだが、と乳首を舌先でなぶりながら言った。視線が合う。
畜生、とローの唇が形作るのが見えた。
力が入らないでいたはずのローの腕がキッドの肩を押して、体内の指を強引に引き抜く。
そのまま勢いづけてキッドを押し倒すと、ローは噛みつくようにキスをした。
快楽を与えようとするのでも、昂らせようとするのとも違う、男にしては珍しく余裕のない、ただ欲しがるだけのキスだった。
散々口内を舐め回し貪った後、べろりと唇を舐めた舌は顎先から喉まで這っていった。
ちゅ、とやたらと可愛い音を立てていくつか吸いつき、ローは慣らされた後孔にキッドのペニスを押し当てる。

「……ハ、上等」

そう笑ったキッドの唇に、黙れとでも言うように再び噛みつき、ローは性急に腰を落とした。

「っく、ぅあ、アッ」

苦しげな声を上げて、キッドのペニスを呑み込んでいく。
幾度か下から腰を揺すってやると、鍛えられたキッドの腹筋に手を置いて、ローは自重で奥まで迎え入れた。

「あ……っ、ァ」

眼を閉じて、はぁ、と大きく息を吐き、肩を震わせて圧迫感に耐える。
宥めるようにキッドが腰を撫でると、薄っすらとローの瞳が開いた。

「慣れねェ、こと、してんじゃね…っ、よ」

腰にあったキッドの手を掴んで、ローは己の頬まで持っていく。
導かれた先でさらりと頬を撫でてやると、憎まれ口に反して気持ちよさそうにローの眼が細められた。素直じゃない男だ。

「動けよ」

首筋をくすぐりながら、顎を上げて促す。
鼻で笑うような表情の後、ローはゆっくりと腰を動かし始めた。

「あ、ン…っ、ァ」

ローはキッドの上に乗るのが好きだ。
組み敷かれてめちゃくちゃに揺さぶられるのも好きだが、滅多なことではその身体を横たえることなどないだろう男を下にすると、
例え自分が犯される側でもなんとなく支配欲を満たされるからだ。
キッドがローのペニスをいじる、その手の甲にやんわりと爪を立てながら、ローは奔放に喘いだ。
声を我慢しなくていいのは、なかなか気持ちいい。

「イッ、あ、ァ、ユース……!」
「ッ……」

動くうちにいいところに当たったのか、ローの内壁がきゅうとキッドを締め付けた。
ぴくりと眉を寄せてそれに耐えたキッドが、己の唇を噛む。危うく持っていかれるところだ。

「ふ、う、……ッ、っ」

悦楽が急で深かったのか、ローの動きが緩慢になる。
ゆっくりと上下するタトゥの入った細腰を掴み、キッドは乱暴に揺さぶった。

「あっ!あ、あ、てめ……ッ、や、アアッ」

奥を突かれているのが分かる。強い快楽に、ローは瞼の裏が焼かれる錯覚を覚えた。
体内を拡げられ、張り出した部分で弱いところを擦られると、泣きたくもないのに勝手に涙が流れ落ちる。
意味を為さない喘ぎだけが唇から零れて、意識が白く霞んでいく。
いやだ、とかぶりを振った。

「いや、だ、ユースタス屋、アッ」

勝手をするなと言いたいのに、言葉にならない。
キッドはローよりもずっと、ローの弱いところを知っているのだ。制止を聞いてくれるはずもなかった。
せめてもの抵抗に、腰を掴む手に痛いほど爪を立ててやりながら、ほったらかされた自分のペニスを慰める。
先走りには確かな白濁が混じり始めていて、余裕がなかった。けれどその手を、無遠慮なキッドの手がまとめて掴んでしまう。

「な、ユースっ……、なに、」
「ハ、このまま、ッ、イけよ。出来る、だろ?」
「っや、無理、むりだ、って、ユースタス屋ァッ」

離せともがくローの両手首を拘束したまま、キッドは強く突き上げた。
片手で掴んだ腰を思うさま揺さぶり、ローからすべての余裕を剥ぎ取ってしまう。
同じように、キッドにももう余裕がなかった。

「ッア、だめ、だ、ユ、スタッ……あっ、ア!」
「っくそ、出す、ぞ……っ」
「や、あ、あああっ、ア……―――――ッ」

背骨が悦楽に焼かれていく。
落ちる、と思った。
あるいはどこかへ昇る、とも。
頂点を極めた快感にびくびくと身体を痙攣させ、背を弓なりに反らせたローが、キッドの腹に白濁を散らす。
絶頂の余韻に浸って締め付ける内壁に、キッドもまた欲望を吐き出した。


* * *


ぬるりと体内からペニスを引き抜くと、ローがキッドの上に脱力する。
体温の上がったその身体を胸の上に置いたまま、キッドは汗ばんだ肌を労わるように指先を滑らせ、短い髪を指先に巻きつけて遊んだ。
ローはそれをキッドの好きにさせていて、大人しく呼吸を整えている。
珍しいこともあるものだ、と。
そう、油断していたのがいけなかった。

「……ユースタス屋」
「あァ?」

がぶり。
最後まで外されることのなかった牙がつけた噛み痕は、綺麗にふたつ、等間隔の穴を残して。
つう、と細く垂れた赤い筋を舐め上げる舌が、ひどく憎らしく感じられる。
コートでは隠すことの出来ない絶妙な位置は、明らかに計算し尽くされていた。

「こ、の、ヤブ医者……!」
「フフ。やっはり似合うぜ、ユースタス屋」

思わず振り下ろした拳はひらりと避けられ、ぼすりとベッドを叩くに終わった。
素早くキッドの上から逃れたローを「待て」と追いかけるが、ベッドをころころと転がって逃げるローは実に愉しそうで捕まらない。
安宿のくせに、無駄に広いベッドが仇となって、やがてキッドの方が諦めた。
片手で額を押さえて溜息を吐く姿に、ローが唇の端を笑みに震わせながら訊ねる。

「なんだ、もう終わりか?」
「うるせェ黙れ変態死ね」
「ボキャブラリが貧困なところも好きだぜユースタス屋」
「くたばってろこの淫売!」

最後、投げつけた枕もかわされて、腹を抱えて笑いだすローとは正反対に、キッドはがっくりと肩を落とす。
目に涙まで浮かべてみせて、笑い続けるローが言った。

「元気の出るおまじないでもしてやろうか?」
「……碌なメに合う気がしねェからいらねェ」
「つれねェな。ほら、こっち来いよユースタス屋。船、戻るまでまだ時間あるだろ」

ちょいちょいと指先でキッドを呼ぶのに、犬じゃねェぞと視線を向ける。

「……っとに、とんだ好きモンだよてめェは」
「それが満更じゃねェてめェもな」
言われて、てめェが来い、と伸ばされた腕を引き寄せる。
そうしてまた、飽きもせずに唇を重ねるのだ。


まだ、朝は遠いから。
たまには溺れてみるのもいい。
笑う男に掴みどころがないのも、誘う、タトゥーだらけの白い腕を拒めないのも、すべてはこのイカレた夜のせいにして。


そうして翌朝こそこそと船に戻ったキッドは、しばらくの間、キラーの白い眼に晒されるのだった。



fin.


ハロウィン繋がりで、2年半ぶりにオフ活動始めてすぐのVS!!で突発発行したコピ本をサルベージしてみました。
VS!!が11/3開催で、ワンピでは11/1のSPARKで某様のところにお邪魔させてもらったのが初のイベントだったので、
自分のサークル名で参加したのはVS!!が初めてだったなぁ…。それからもう丸2年。早いものですね。
当時お手に取ってくださった方々、本当にありがとうございました。