約束という名の脅迫      09.06.18



「生きてるものにはあんまり興味がない。だが、おまえには興味があるよユースタス屋」

実に奇妙な生き物に出会った、とそのとき思った。
返り血を浴びて恍惚とそこに立つ男はやけに艶めかしく、同時に目を背けたくなるほどイカレて見えた。
生きているものには興味がないと言いながら、足元に転がる死骸の扱いもぞんざいだ。
跳ねた首を足蹴にして、ぎょろりと剥いた瞳におかしそうに薄笑みを浮かべている。
次から次へと湧き出てくる賞金稼ぎを片っ端から斬り伏せながら、その口許が舌嘗めずりするのを確かに見た。
それからずっと、なんとも言えずもやもやとした澱のようなものがキッドの胸に積もっていた。

「……てめェに付き合ってるような暇はねェぞ」
「嘘つけよ。おまえんとこの船がコーティングに入ったのはつい昨日だろう。もうしばらくは暇してるだろうが」

どこから聞いたのか、まったく耳が早い。
広い諸島だが、世間一般から外れた者どもが集まる地域は海に比べれば可愛いものだ。
航路に散り散りになっているときよりも、よほど情報は集めやすい。
そうでなければ、こうもうようよと首を取りにやってくる物好きがいるはずもない。
二、三捕まえて少しばかり締め上げてやれば、命惜しさにぽろりと口を滑らせる輩も少なからずいるだろう。

「だったらどうだってんだ?てめェが暇潰しの相手でもしてくれんのか」

その二億の首を落としてやろうかと笑うキッドに、にやりと嫌な笑みで返すローだ。

「ベッドの上ならよろこんで」

聞こえた応えに、一瞬聞き違えただろうかと疑う。
ちょっと路地裏まで、なんて気安さで寄越してくれるには少々受け取りがたい台詞だ。
そもそも野郎に興味はない。


「二億ってのはその悪食に懸けられた額じゃねェだろうな」
「フフ!誰が好んで男なんざ相手にするか。てめェは別だって言ってるんだユースタス屋」
「は、そりゃァ光栄だな。殺しとセックスしか頭にねェのかてめェは」
「否定はしない。殺しもセックスも最高の娯楽で、最高の暇潰しだろ?」
「……根っからの享楽主義かこのソドム野郎」
「あんまり苛めてくれるなよ」


……興奮、するだろ。


掠れて上擦った声が耳に届いて、キッドはひくりと表情を引き攣らせた。
まったくもって話が通じない。
言葉の分からない国に迷い込んだでもあるまいに、なんでキラーを連れて歩かなかったんだと遅い後悔が胸を過ぎる。
こういう生き物の相手はあまり得意ではないのだ。
独特の空気に呑まれ、引っ張られてしまう。
それを自覚しているキッドは普段近づきもしないのだが、今回ばかりは勝手が違った。
それはローがキッドにとって、あまりに初見過ぎる生き物だったからだ。

「埒があかねェな。おれは帰る」
「なんだ、つれないな。すこしくらい付き合ってくれてもいいだろう」
「だからそんな暇はねェって何度言わせる」
「フフ、賭けてもいいぞユースタス屋。きっとまたすぐに会う」
「……次に会ったら挨拶代わりに殺してやるよ」
「今度こそはベッドでな」

楽しみにしてる。
そんな台詞とともにローの乾いた唇がキッドのそれを掠めていった。

「てめェ……ッ」

ぶん、と反射的に振り上げた拳はいとも容易く避けられる。
余裕の笑みを浮かべたローはついでにウインクまでしてみせるサービスぶりだ。
わなわなと肩を震わせてその場から動けないキッドを後目に、ローは軽やかな足取りで生い茂る木々の向こうへ消えていった。


「……野郎……ブッ殺してやる」


ごしごしと手の甲で拭いながら、けれど唇に残った仄かな熱が決して嫌いではないことに気づく。
キッドはわずかに絶望した。


fin.


title:空葬

両想いフラグが立ちました。こんな出会いもありかなーと。
例のfu×kサインはやっぱりベッドへのお誘いだよね…!という妄想から。