陳腐な科白を並べて口説く      09.02.16 09.05.15掲載



モノに出来なかった女はいねェ。と、思う。
少なくとも気がついたときには女の方から勝手に寄ってくるようになっていた。
海賊として名を上げるよりも以前からずっと。
「口説く」なんてのは専ら女の仕事であっておれの範疇ではないと、そう思っていたはずが。
まったくなにをどう間違ったら男相手に遣ったこともない口説き文句を延々聞かせ続ける事態に陥るのだろうか。


<陳腐な科白を並べて口説く>


「だから。いっぺんでいいって言ってんだろう」
「馬鹿かてめェ寝言は寝て言えクソ野郎」
「馬鹿でもクソでもいいからとりあえず付き合え」
「野郎相手に盛る趣味はねェ」
「だから勃たせてやるって何度言わせる気だ」
「他探せってなんべん言わせやがる」

赤いファーのコートを着て赤い髪を逆立たせ、果てには赤い口紅を塗った男。
酒場で見かけたのは三日前になるだろうか。
一目見たそのときだなんて陳腐な台詞を吐きたくはないが、正にそのとおりだったのだから仕方ない。
心臓のド真ん中を射抜かれたらこんな気分になるだろうかと薄く考えながら、ただ目の前の男を口説いた。

「女になれとは言ってねェだろ?それ突っ込んでくれれば満足だって言ってる」
「この変態野郎とっとと消えろ」
「残念だがそりゃ褒め言葉だユースタス屋」
「変なあだ名付けんな呼ぶな寄るなあっち行け」
「フフ…!そうやって拒否されると逆に燃える」
「ば……っ、腰擦りつけんな馬鹿野郎!」

ユースタス・”キャプテン”キッド。
見た目のとおりに悪魔の所業が噂される男相手に、自らも碌でもない噂ばかりが先行する男、トラファルガー・ローは身を寄せた。
椅子ごと引っ繰り返りそうな勢いで後ろへ退くのを、そう邪険にするなと追いかける。
先ほどから遠巻きにしている他の客にちらりと視線を巡らせ、またひとつ悪い噂が増えそうだと唇を歪めた。
無防備な裸の胸に手を伸ばせば、もの凄い勢いで手首を掴まれ引っぺがされる。

「痛ェって、ユースタス屋」
「わざと痛いようにしてるに決まってんだろうが。折るぞ」
「痛いのも嫌いじゃねェんだがな」
「やめろ気持ち悪いおれに触んな」
「いまはおまえの方がおれに触ってるんだが」
「うるせェ黙れこの変態」
「だからそれは、」

褒め言葉だ、と続ける前に残った手で口を塞がれた。
男の眼尻は吊りあがり、眉のない眉間にはこれでもかと皺が寄っている。
正に怒り心頭といった様子だが、それさえローにはたまらない。

べろり。
唇を塞がれた仕返しにその掌を舐めてやれば、一瞬で手が離される。

「てっめェ、ざけんなトラファルガー!」

心底嫌そうな表情でローに舐められた手を振り、ぎろりと寄越された視線と険の込められた台詞。
そこに重要な事実がひとつ。
ローは口角を吊り上げた。

「おれの名前知ってたのか、ユースタス屋」

嬉しい限りだ。
にっこりと最上級の笑顔で笑ってやれば、しまったと顔を引き攣らせたキッドが視線を逸らす。
その先に逃げ道はないかと探す素振りで、店を出ていく気配はない。
どうやら脈はあるようだ。

(逃がさねェから覚悟しな!)

fin.


09.02.16〜09.05.15WEB拍手掲載
title:灰

勢いで読んで頂けると幸いです。
根っからド変態のロー(元ストレート)→ストレート(のはず)のキッド
力ずくで落とされるのは時間の問題でないかと。