Sweet?      09.02.09



揺れる視界。ぼやける意識。
ユースタス屋のセックスはいつだって強引だ。
揺さぶられるまま声を上げながら、ローは遠いどこかで思った。



「………み、ず。」

二文字で済む単語を区切ったのはもちろんわざとだ。
腰は痛くて動きたくないし、あまり勘の良くないキッドにはこれくらいしなければ通じない。
機嫌が悪いのだと言葉ではなく態度で示すために、キッドの方は一度も振り返っていない。
わずかな失神から目覚めた後、ローの機嫌は地を這っていた。
それを知ってか知らずか、キッドの態度は飄々としたものだ。

「ガス入りか?」
「……ないやつ」
「ん」

いま炭酸入りの水なんぞ飲んだら盛大に噎せる。
なんだってその程度のこと考えつかないんだと少々苛ついたのだが、そういえばキッドの前ではガス入りばかり口にしていたことを思い出した。
どうでもいいようでいて、案外人の好みを見ている男だ。マメだなァ、とローはわずかに唇を歪めた。
氷でキンキンに冷えた瓶を手渡されて、わざわざ栓を抜いてくれているのに気づく。
いつもなら親指ひとつで弾いてしまうそれだが、いまの体調ではそれすらも億劫なのを知っていてのことだろうか。
磁力に頼らずとも容易なのだろうが、やけにサービスが良くて戸惑う。
少しは反省しているのだろうか。

ちびりちびりとまるでワの国の酒を呑むときのように少しずつ水を流し込み、ベッドサイドのアナログ時計に目を向ける。
真昼も真昼、13時だ。
意識を飛ばしていたのはほんのわずかな間だが、セックスに耽ってどれだけになるかは考えたくもなかった。
まったく不健康極まりない。外はいい天気だというのに。


「………トラファルガー」
「なんだ」


遮光でないカーテンは、薄汚れた安宿の内装を明るく照らしてしまう。
そんな場所にキッドの背はやけに不似合いだった。
それもそのはずだ。
いつもは青く澄んだ空とどこまでも続く海原とに向けられているものである。
こんな場末の宿にあっていいものではなかった。


「てめェはなんでおれに抱かれてる」


意識を外へ向けていたローに、その問いは唐突なものだった。
始まりの理由さえいまだわからないのに、続けている理由などなお出てくるものではない。
いまさらと言えばいまさら過ぎるその問いに、簡単には答えを返せなかった。

男が癖になるセックスをするのは確かだ。
だがそれだけのことで執着し続けるほどローは暇ではなかったし、キッドもまたそんな理由で関係を持ち続けるような男ではなかった。
遊び相手に困ったことはないが、誰かと決めたこともない。恐らくは二人ともに共通することだ。
怒りと悦び以外の感情は仕舞い込んだはずなのだが、いったいどこが綻びてしまったというのか。

命令されれば怒りを感じる。
殺しもセックスも、好きでやるから悦びを感じる。
けれど男に向かう感情は複雑で、どうもこのふたつだけでは表せそうにないのだ。
遠い昔に仕舞い込み、鍵をかけて忘れたふりをしていた感情の底の、更に底。

半身を起こし、背を向けていたキッドの方へ身体を向ける。
やけに真剣な表情の男を前にして、噴き出しそうになるのを必死で堪えた。
おれこんなに趣味悪かったっけなァ。
人からさんざん言われても認めることのなかった事実を、ローはいまさらに認めてもいいと思う。
良くも悪くも気づかせてくれたのが目の前の男だということが、おかしくて仕方い。機嫌は上昇する一方だ。


「なァ、ユースタス屋」
「なんだ」
「おれは悪い男が好きなんだ」
「あァ?」

唐突なローの言葉に、キッドの眉間に皺が寄る。
なにを言い出すのだといった表情が、どうにも胸をざわつかせて落ち着かない。
だがその感覚を嫌いではないと思った。

「おまえは悪い男に見えない」
「な……」
「でも気になって仕方ない」
「ッ、………」
「どうしてくれる?」
「――――――――………………」

実に性質の悪い問いであるのは、ロー自身誰よりも理解していた。
3億の賞金首を捕まえて、悪い男に見えないとはよく言ったものだ。
赤い瞳を見開いて絶句したキッドが、ゆっくりとうなだれるように視線を外し、終いには大きな手で表情を隠してしまう。
今度はキッドが言葉を失う番だ。
言葉の意味を噛み砕いて、噛み締めて、返す言葉に悩むといい。
男が必死に言葉を探す様子を見て、ローは不謹慎にも奇妙な高揚を覚えた。
男が他の誰でもない、自分のために選ぶ言葉だ。
耳にするときを思うと背がぞくぞくと粟立った。



長い長い沈黙の後。
諦めと苛立ちが等しく混じった短い溜息。
畜生、と実に悔しげな声音が小さく届いた。
目元を覆うてのひらの間、わずかに熱った頬が覗いている。
ローの背が再びシーツに沈むのは、もう時間の問題だ。


「なァ、どうしてくれるんだ。」


重ねて問う、ローの口許は笑っている。

fin.


初恋の味がするという苺をテレビで見ました。真っ白でした。
キッド→→→←←←ローだとそんな感じになると思います。(主にキッドの頭の中が)
title:シド