「……猫を飼いてェな」
そんな可愛らしい台詞もこの男が言うとこんなにも不穏な響きをはらむのはどうしてだろう、とキラーは仮面の下でないに等しい眉を寄せた。
<Wild Cat>
同じ船室にいてその台詞が聞こえていただろうクルー達は、だいたいの事情は察したのだろう誰一人として話を次ぐことはしない。
それくらいにはこのところ赤い男が通っている酒場にいる相手のことを知っている。
脳裏に浮かぶのは確かに猫と言えば猫だった。
少々(どころではなく)不健康で不健全な猫であったが。
「なァ、キラー。あれ拾ってこいよ」
よりにもよって矛先はおれか。
常に男のそばにいることを自分に課したのは他でもないキラー自身だったが、このときばかりはそんな己を恨みたくなった。
他のクルーは皆かかわりになりたくないとばかりにそっぽを向いている。
今晩の夕飯にはめいっぱい唐辛子でも盛ってやろう。
そんな思考も悟られることのない仮面は便利だ。
「無茶を言うなキッド。あれは猫は猫でも相当にタチの悪いボス猫だろう」
「なに言ってんだキラー。タチが悪くねェ猫なんかつまんねェだろ。猫は爪立てて威嚇してくるくれェが可愛いんだろうが」
「……おまえにはあれが可愛く見えるのか」
「なんだ、おまえには見えねェのか?」
見えない。
即答したいところだが、さすがに賢いキラーは押し黙った。
この船室の中に限って言えば、酒場に同行しているのはキラーだけだ。
他について回っている面々は残念ながらすでに引き揚げていてここにいない。
話を振れる相手も見つからないのでは、ともすれば惚気にしか聞こえないキッドの言葉を延々聴き続ける羽目になる。
そうでなくとも酒場に通うたび相手を口説き倒しているキッドを見せつけられているのだ。
今晩は勘弁願いたい。
「首輪でも付けちまったらいいんじゃないすか、頭」
どうしたものかと頭を悩ませていたところへ助け舟を出したのは、クルーの中でも手が早いので有名な男だった。
こいつの夕飯の無事だけは約束してやろう。
「首輪なァ。青味がかった黒毛にゃ何が似合うんだろうな」
「そりゃ……、赤じゃねェすか、やっぱ」
「………は。いい答えだ」
何を思ったか、キッドの唇がにやりと持ち上がる。
直球過ぎてまずいことを言ったか、と男が顔を青褪めるところへ、またも助け舟。
「キッドの頭ァ、なんか賞金稼ぎが外で群れ作ってますけどどうします?」
あんたここんとこ暴れ足りないってぼやいてたでしょ。
のんびりと空気を読まずに入室したのは、キッド海賊団の中でもまた異色な見た目をした男だ。
キラーも十分に異色だが、その男の特徴は長くふわふわと伸ばした髪と、人形の縫い目のような口だろうか。
「ぁん?骨はありそうなのか?」
「一応、おれでも名前知ってる奴がちらほら混じってますけどね。いらねんなら片しちまいますけど」
「……いや、いい。おれが出るからおまえらマタタビでも用意しとけ」
「え、頭?」
「真っ黒な毛並みの、薄い茶色の目ぇした奴が骨抜きになりそうなやつでな」
はっは!と豪快に笑って出ていくキッドを見送る彼の頭に、クエスチョンマークが見えるのは幻覚だろうか。
キッドの言葉を呑み込めないらしい彼がこちらを向いて、
「キッドの頭は、何を……?」
心底弱ったような顔つきは、いよいよキッドがおかしくなったのではないかと案じるようだ。
説明してやれとキラーを見るクルーの視線が痛いので、キラーは諦めたように口を開く。
「キッドはいま一等気の強い猫にご執心なんだ。……察してやれ」
「……はァ?」
鈍い彼にはさっぱり事情が分からないだろうが、これ以上はキラーもかけてやる言葉が見つからない。
願わくはあの猫が早いところキッドの手に堕ちてくれるか、あるいはキッドが諦めるか。
どちらにしろ望みが薄そうだなと溜息をつく、キラーはなかなかに苦労人だ。
fin.
火を噴く彼もキラーも言葉遣いが分からんのですがどうも天然と苦労人というイメージが強いです。
猫はいわずもがなローさんです。
09.01.24〜09.02.06WEB拍手掲載
title:Grumman F4F