Heaven's Door      09.01.31



※学パロ



掃除のされていない、薄っすらと埃を被った階段を昇る。
先に昇った誰かの靴のゴム痕はローのそれよりも大きく、勘が当たったことを示していた。
黴臭く薄暗い、屋上へ続く階段。
常にかかっているはずの錠の合鍵を作ったのは、もう半年は前になる。
学内常駐の警備員とやらはアテにならないものだ。
口角を上げつつ、ローは錆びた鉄扉を押し開けた。


<Heaven's Door>


眩しいほどの晴天。
しかし冬の寒さが頬に痛い。
学ランの下にパーカーを着ていて正解だ。
じゃり、とどこから飛んできたのか知れない小石を踏みしめ、時計台の陰から伸びた長い脚へと向かう。
見覚えのありすぎる、だいぶデコレートされた上靴は、確かに探していた男のそれだ。

「やっぱここにいた」

時計台の出っ張りの陰、定位置と言える場所に男はいた。
触れると体温が高いのが分かる男は、いつもは吊り上げられた眼差しを閉ざして眠りについている。
どこから調達したのか(恐らくは保健室だろうが)、腹の上にはちゃっかりブランケットが乗っている。
寒いのは分かりきっているのだから、もう少し場所を選べばいいのに物好きな男だ。
ローが朝覗いたときには、男の靴箱は空だった。
5限目のチャイムはさっき聞こえたから、昼ごろここへ来たのだろう。
授業はさぼる気でも学校へは必ず顔を出すのだから、悪ぶって見えて可愛いものだ。
穏やかな寝顔を眺めていれば、昨日まではなかったはずの傷がいくつか。
口許と、目尻に小さな赤い痕。

「右に一発、左に二発……首筋の引っ掻き傷は女のか?」
「そりゃてめェのだ」

皮肉るような低音と同時、閉じられていた瞼が開いた。
少しだけ眩しそうに、その赤い瞳が細められる。

「なんだ起きてたのか。重役出勤で喧嘩たァ景気がいいなユースタス屋」
「るせェな。来る途中絡んできた馬鹿がいただけだ。つーか寝かせろよ、てめェのせいであんま寝てねェんだ」
「転嫁すんな。途中からおまえのが盛ってただろう」
「人の上でその細腰振って誘いやがったのはどいつだトラファルガー」
「はは、そりゃおれだな」

だろう?とでも言いたげに唇の端を上げたキッドは、寝返りをうって二度寝の体勢を整え始める。
どうやら本当に眠いらしい。
寝ている間に体温を奪われたのか、腹の上のブランケットを肩まで引き上げている。

「寝るなよ。おれが暇するだろう」
「知らねェよ。サボるんなら他行け、おれは寝る」

くぁ、と大口を開けて欠伸をひとつ、でかい図体に似合わず丸くなって眠る癖のあるキッドをローは猫のようだと思う。
できればその腕のなかに抱き込んでほしいんだが、と視線で訴えるが、すでに閉じかけた視界にローは映っていない。
なんとなく淋しくなって邪魔をすると、落ちかけていた瞼が持ち上がる。
迷惑そうな赤い瞳は、それでも少しばかり相手をしてくれるらしい。
機嫌は上向いた。

「ユースタス屋はおれの前だと安心して眠れるのか」
「ナナメに受け取ってんじゃねェよ馬鹿。眠ィだけだ……いま何時だ?」
「1時ちょっと過ぎだ。うちのクラスの5限は英語だったな」
「なんだまだ1時間っきゃ経ってねェのか。メシは?また抜いたんじゃねェだろうな」
「麦わら屋がチャイムと同時に学食に飛んでったんでな。おかげさまで」
「は、あんくれェの食欲出せよてめェも。ちったァ抱き心地が良くなる」
「無茶言え。だいたいおれの骨に噛みつく癖持ってる奴が言う台詞じゃねェだろう」
「……もう寝る」
「照れたのか」
「眠ィっつってんだ馬鹿野郎」

もう相手しねェからな、と不機嫌な声音で告げたキッドが完全に寝る体勢に入る。
少しからかいが過ぎた。
肩を丸め背を丸め、脚を引き上げて背を向けた姿はローを追い出しにかかったようだ。
傍に寄って、つん、と旋毛をつついてみても反応がない。

「ユースタス屋。怒るな。相手しろよ」

今度はほっぺたをつついて声をかけるが、それでも反応してくれない。
眉間に皺を寄せられていたら悲しいので、向こうに回って表情を確認する勇気はなかった。
更には眠りたいというのをこれ以上邪魔するのも忍びない。
なんだかんだと、ローもキッドには弱いのだ。
ふぅと溜息をつくと、ローはキッドの髪を一撫でして立ち上がった。

「……おやすみ。出来ればおれの夢見ろよユースタス屋」

女の夢なんか見たら殺すぞ、と捨て吐くのとは裏腹に、ブランケットだけでは寒いだろうから自分の学ランを脱いでかけてやる。
途端に吹き抜けた北風に、寒いな、と肩をすくめて歩き出すところへ、

「おい」

振り返れば、ごろりとこちらを向き直った男が学ランを掴んで複雑な顔をしていた。

「ん?どうした、ユースタス屋?」
「足りねェ」
「なにが?」
「抱き枕」
「は?」
「だ・き・ま・く・ら」

殊更ゆっくりと発音した後、ちょい、とブランケットを捲って己の胸元を指してみせる。
その意図を察して、ローはくしゃりと破顔した。
相手も自分も本当に素直じゃない。
ほんの少しばつが悪そうな顔をして、キッドは早く来いと声を荒げた。

「ユースタス屋、すごいな。エスパーか?」
「馬鹿か。顔に書いてあんだよ」
「はは。イタズラはするなよ」
「てめェがな」

憎まれ口を叩きながら、ローはキッドの元へ引き返す。
風は恨めしいが、冬の屋上も悪くないと思った。

fin.


保健室のチョッパー先生が生徒指導のドレーク先生を連れて乗り込んでくるまであと十五分。
仲良く正座して怒られてると可愛いなぁ。


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