Blurry Eyes      09.01.15



「キャプテーン!敵!赤いヤツ!」

ぽかぽかとした陽気が気持ちいい昼過ぎ。
うとうとと船を漕ぎ出す野郎共が目立ち始める時分。
そこへ見張り台から響いたベポの声は慌てるでもなく、聞こえていただろう他のクルーも誰一人として甲板に出さえしなかった。
ローもまたその例外ではなく、毎日飽きないものだと思いつつその訪問を受け入れていた。
ゴツゴツと重いブーツの音を響かせながら、ベポ曰く「赤いヤツ」はローのいる船長室へと無遠慮に近づいてくる。
ここ数日続く訪問のせいでクルー達もすっかり慣れきっているようだが、一応は敵船の船長だ。
勝手知ったるなんとやら、船長室まで迷わず向ってこれるあたり、己のクルーも相手も少し気を抜きすぎている。
いまのうちから能力発動しといたら、ちょっと面白ェことになるかなァ。
ぼんやり考えながら、ローは目の前のぼやけた物体と格闘する。
靴音はもうすぐそこだ。



「なに、泣いてんだ、てめェ」

いつもどおり、派手な音を立てて船長室のドアを開けたキッドは、室内のいつもと異なる光景にわずかばかり動揺していた。
目の下にいつも隈を飼っている男が、欠伸はしても涙は流さないだろう男が、その頬には確かな涙の痕を残してキッドを見返している。
一人になると泣き出すような奴だったろうか。
だいたいあの白熊は何してやがんだ。いつもはこいつにべったりのくせに、こんなときに傍にいやがらないとはどういう

「よぅユースタス屋。毎日飽きねェな」

キッドの思考を遮って届いたローの声は、泣いていたにしてははっきりとした発音だ。

「トラファルガー……?」
「ああ、これか?泣いてんじゃねェ。目薬入れらんねェんだ」

ひらひらと小さな容器を振りつつ、ローは眼を瞬いた。
不健康な細い指先に挟まれたそれを見て、キッドが長々と溜息を吐く。
心配して損した、などと言おうものなら、気の済むまでからかわれるのがオチだ。
からかわれるよりも先、からかう方がキッドの性には合っている。
合っている、が、ローが相手だとどうも他人をからかうようには上手くいかないのに、キッドは懲りもせずにトライした。

「てめェはほんとにそれでも医者名乗ってんのか」
「外科医がみんな点眼上手いとは限らないぞユースタス屋」
「注射は?」
「どこにさすのも得意だ」
「てめェが言うとどうも卑猥に聞こえるな」
「はは、ユースタス屋のドスケベ野郎」
「喧嘩売ってんのかてめェ……!」

結果、いったい何度思い知らされれば気が済むのだとキラーあたりがいれば諭してくれただろう、情けないオチを迎えた。
ぎろりと剣を呑んだキッドの視線にも、ローは頓着せずに緩く笑う。
その顔に苛つくどころか毒気を抜かれるのだから、キッド自身相当参っていると溜息を吐いた。

「ったく……貸せ、トラファルガー」
「あァ?」
「目薬。さしてやるから」
「……優し。」
「黙れ」

にやにやと得意の馬鹿にした笑みに変わったところで、キッドはローの手から目薬を奪い取った。
上を向くように指示して、顔を近づける。
大人しく従ったローがきょろと瞳を動かして、緑がかった薄茶の眼がキッドの深紅を捉えた。
まだ目薬をさしてもいないのに、潤んだように見えるのは欲目だろうか。

「……こっち見んな。入れずれェ」
「欲情しそう?」
「馬鹿言え」

とっとと協力しろ、と本音を噛み殺すように口にして、笑みを浮かべたままのローの唇から視線を逸らした。
一滴、二滴とローの両の眼にさすと、その眼に映り込んだ赤が滲む。
ローの薄茶と混じったそれはなんだか不思議な色をしていた。

「あー……なんか、燃えてる、みてェ」
「なんだよ、痛かったか?」
「違くて。ユースタス屋の髪、が」
「はァ?」

逆立った赤い髪がぼやけて、ゆらゆら。
まるで悪い火遊びのようで。

ちょっと興奮する。
呟いたら、この変態、と罵られた。

「そりゃあおまえの方だろうユースタス屋」
「黙れ目薬突っ込むぞ」
「何処に?」
「……おまえ、もう、ほんとに黙れ。」

fin.


変態ばかっぽー。
title:L'Arc-en-Ciel