穏やかな午後だった。
屋上から見上げる空は今日も変わらず、
白い雲がのんびりと流れている。
懐く鳥をいまは腹に乗せて、雲雀恭弥はくぁ、と特徴的なあくびをした。
「なんだぁ、今日もサボリか?恭弥」
聞こえた声に、雲雀は一瞬目を見開き、それから静かに嘆息した。
この男の気配に気付けなかったのは、なかなかに屈辱だ。
「なんの用、ディーノ」
「おっ、名前覚えてくれたのか!」
うれしそうに笑うディーノに、一度言われれば覚えるよ、とつれない返事。
けれど機嫌を損なうこともなく、ディーノは雲雀の隣に腰をおろした。
「おまえ授業に出なくていいのか?一応ギムキョーイクってやつなんだろ?」
「慣れない言葉、無理して遣わない方がいーよ」
だいたい、自分はイタリアマフィアのドンだというのに、
こうも毎日日本の中学校なんかに遊びに来ていて良いのだろうか。
雲雀はあえてそれを口にはしなかった、が。
言外に感じ取ったらしいディーノは、それを笑ってごまかした。
「相変わらず懐いてんな、その鳥」
「人間と違って可愛いからね」
腹の上の鳥に手を伸ばすと、さっと雲雀の頭の方へ逃げていく。
真横に来たそれに雲雀が手を伸ばすと、
今度は逃げずにつんつんとつつかれて気持ち良さげに目を瞑る。
ふわふわとした羽毛の感触を楽しんで、雲雀も同じように目を細めた。
それを眺めながらディーノが嘆く。
「オレ、動物には好かれるはずなんだけどなー…」
「このコは好き嫌いが激しいからね」
オレが好みじゃないなんて生意気だぞ、と膨れてみせるディーノに、
雲雀はバカじゃないの、と冷たい一言をくれてやった。
「まあいいか、オレには可愛い猫がいるしな」
「…猫?」
「おう、ちょっと人見知りですぐ手ぇ出すけど、屋上で昼寝すんのが好きな寝顔の可愛い猫だぜ」
ばしっ。
言い終えると同時に、容赦なくトンファーが振り下ろされた。
寝転がっていたくせにいい反応だ、と感心しながら、ディーノはそれを片手で受け止めた。
それでも雲雀は力を緩めない。
「…猫、ね……ねぇ、それ誰のこと?」
「怒んなよ、褒めてんだぜ」
「けなしてるの間違いでしょ」
ぎりぎりと力のこめられる、その手首をひねってディーノは逆に押し倒した。
雲雀が頭を打たないように自分の腕を差し入れて、厄介なトンファーは遠くへ投げる。
「形勢逆転、だな」
間近で笑む綺麗な顔を、雲雀は恨みがましく見上げる。
じとりとした視線を受け流して、ディーノは唇をかすめとった。
「…ッ…!」
触れた柔らかな感触に、雲雀は驚いて目を見瞠る。
そんな雲雀に優しく笑って、ディーノは悪い、と小さく詫びた。
「ん…っ…!」
二度目の口付けは、深くて。
逃れようと頭を反らしてみても、逃げることはかなわなかった。
唇のわずかな隙間からディーノの舌が割り込んできて、口内を好きに蹂躙する。
奥へ逃がした舌を吸い上げられて、そこからじん、と身体が痺れた。
いつのまにか解放された手も、抗うことはかなわずにただ肩口にすがりつく。
どうしようもなく頭がふわふわして、雲雀はぎゅう、と目を瞑った。
息苦しくなったころにようやく唇は離されて、雲雀は忙しなく呼吸した。
その濡れた唇をディーノの舌が拭って、最後に小さく重ねられる。
「ディ…ッ…ノ……」
「ごめんな、恭弥」
オアソビのつもり、だったのにな。
いつのまにか、そう、いつのまにか―――――…
「オレさぁ、恭弥のこと、好きだ」
雲雀の目が見開かれる。
突然の、あまりに突然のディーノの告白に、どう対応していいものか、と。
「今日んとこはこれで引き上げる。またな、恭弥」
「ディッ……!」
するりと立ち上がったディーノは、ロマーリオを連れて早々に屋上を立ち去った。
階段を踏み出した途端、ディーノが顔を真っ赤にしてロマーリオにからかわれたことを、
いまだ動けないままの雲雀は知らない、が。
「…あの、イタリア人…っ…」
ああ、ほんとう、消えてくれて良かった。
僕がこの感情に気付く前に。
「冗談じゃ、ない…っ」
あのイタリア男が、好きだなんて。
ぐい、と唇を拭いながら、こちらも顔を真っ赤にしていたことを、
髪を掻き乱すディーノも知らない。
fin.
06.06.26
ロマ「うちのボスを恋の虜にしやがって、あの猫…!」