気付く前に消えて     06.06.26





穏やかな午後だった。
屋上から見上げる空は今日も変わらず、
白い雲がのんびりと流れている。
懐く鳥をいまは腹に乗せて、雲雀恭弥はくぁ、と特徴的なあくびをした。



「なんだぁ、今日もサボリか?恭弥」

聞こえた声に、雲雀は一瞬目を見開き、それから静かに嘆息した。
この男の気配に気付けなかったのは、なかなかに屈辱だ。

「なんの用、ディーノ」
「おっ、名前覚えてくれたのか!」

うれしそうに笑うディーノに、一度言われれば覚えるよ、とつれない返事。
けれど機嫌を損なうこともなく、ディーノは雲雀の隣に腰をおろした。

「おまえ授業に出なくていいのか?一応ギムキョーイクってやつなんだろ?」
「慣れない言葉、無理して遣わない方がいーよ」

だいたい、自分はイタリアマフィアのドンだというのに、
こうも毎日日本の中学校なんかに遊びに来ていて良いのだろうか。
雲雀はあえてそれを口にはしなかった、が。
言外に感じ取ったらしいディーノは、それを笑ってごまかした。

「相変わらず懐いてんな、その鳥」
「人間と違って可愛いからね」

腹の上の鳥に手を伸ばすと、さっと雲雀の頭の方へ逃げていく。
真横に来たそれに雲雀が手を伸ばすと、
今度は逃げずにつんつんとつつかれて気持ち良さげに目を瞑る。
ふわふわとした羽毛の感触を楽しんで、雲雀も同じように目を細めた。
それを眺めながらディーノが嘆く。

「オレ、動物には好かれるはずなんだけどなー…」
「このコは好き嫌いが激しいからね」

オレが好みじゃないなんて生意気だぞ、と膨れてみせるディーノに、
雲雀はバカじゃないの、と冷たい一言をくれてやった。

「まあいいか、オレには可愛い猫がいるしな」
「…猫?」
「おう、ちょっと人見知りですぐ手ぇ出すけど、屋上で昼寝すんのが好きな寝顔の可愛い猫だぜ」


ばしっ。

言い終えると同時に、容赦なくトンファーが振り下ろされた。
寝転がっていたくせにいい反応だ、と感心しながら、ディーノはそれを片手で受け止めた。
それでも雲雀は力を緩めない。

「…猫、ね……ねぇ、それ誰のこと?」
「怒んなよ、褒めてんだぜ」
「けなしてるの間違いでしょ」

ぎりぎりと力のこめられる、その手首をひねってディーノは逆に押し倒した。
雲雀が頭を打たないように自分の腕を差し入れて、厄介なトンファーは遠くへ投げる。


「形勢逆転、だな」


間近で笑む綺麗な顔を、雲雀は恨みがましく見上げる。
じとりとした視線を受け流して、ディーノは唇をかすめとった。

「…ッ…!」

触れた柔らかな感触に、雲雀は驚いて目を見瞠る。
そんな雲雀に優しく笑って、ディーノは悪い、と小さく詫びた。

「ん…っ…!」

二度目の口付けは、深くて。
逃れようと頭を反らしてみても、逃げることはかなわなかった。
唇のわずかな隙間からディーノの舌が割り込んできて、口内を好きに蹂躙する。
奥へ逃がした舌を吸い上げられて、そこからじん、と身体が痺れた。
いつのまにか解放された手も、抗うことはかなわずにただ肩口にすがりつく。
どうしようもなく頭がふわふわして、雲雀はぎゅう、と目を瞑った。

息苦しくなったころにようやく唇は離されて、雲雀は忙しなく呼吸した。
その濡れた唇をディーノの舌が拭って、最後に小さく重ねられる。

「ディ…ッ…ノ……」
「ごめんな、恭弥」

オアソビのつもり、だったのにな。
いつのまにか、そう、いつのまにか―――――…


「オレさぁ、恭弥のこと、好きだ」


雲雀の目が見開かれる。
突然の、あまりに突然のディーノの告白に、どう対応していいものか、と。

「今日んとこはこれで引き上げる。またな、恭弥」
「ディッ……!」

するりと立ち上がったディーノは、ロマーリオを連れて早々に屋上を立ち去った。
階段を踏み出した途端、ディーノが顔を真っ赤にしてロマーリオにからかわれたことを、
いまだ動けないままの雲雀は知らない、が。




「…あの、イタリア人…っ…」

ああ、ほんとう、消えてくれて良かった。
僕がこの感情に気付く前に。

「冗談じゃ、ない…っ」


あのイタリア男が、好きだなんて。


ぐい、と唇を拭いながら、こちらも顔を真っ赤にしていたことを、
髪を掻き乱すディーノも知らない。


fin.



06.06.26
ロマ「うちのボスを恋の虜にしやがって、あの猫…!」