「ちょっと、触らないでくれる」
緑たなびく並盛中、その屋上。
さきほどまで争っていた影は、どうやら小休止のようだ。
「冷てぇなあ、恭弥」
触れようとしたその手を、雲雀恭弥は払いのけた。
イテテ、なんて嘯きながら、イタリア男・ディーノは困った笑顔になる。
「あのね、僕はあなたに名前を呼ぶ権利を与えた覚えはないよ」
「いーだろ?いい名前じゃん、恭弥」
「褒められても嬉しくない」
つん、と尖ってみせるのが、ディーノから見れば正に猫だ。
気位が高くて、実に気まぐれ。
寄っていけば離れるのに、離れていると寄ってくる。
それでは、と構えば、やはりすぐに離れていく。
けれど、とディーノは思う。
そんな猫が懐いたときの、高揚感はたまらないのだ、と。
「ちょっと、一人でニヤつかないでよ、気持ち悪い」
指摘されて、苦笑する。
どうやら顔に出ていたらしい。
「なぁ恭弥」
「なに?」
「おまえってほんと、」
猫みたいな。
…と言ったなら、きっと頭と胴が離れるだろう。
「…なに?」
「いーや、なんでも。」
「咬み殺すよ?」
「うわっ、危ねって!」
手放されていたトンファーがいつのまにか握られていて、ディーノは慌てて飛びのいた。
「あなたが変なこと言うからだよ」
「わぁるかったって。ほらもう武器放せよ」
「……ふん…」
ちらりと冷たい一瞥をくれて、
雲雀はロマーリオが差し入れた清涼飲料水に口をつける。
上向いた端整なつくりの顔に、伏せられた瞳。
意外に睫毛が長いことを、そこで知る。
風に遊ばれる髪に触れてみたくて、ディーノはもう一度手を伸ばした。
「…なんのつもり?」
「…髪、やわらかいのな」
「あなたの方がふわふわしてると思うけど」
「そうか?」
ふわりと笑うディーノに、雲雀はわずかに目を細める。
「ねぇ」
「ん?」
「なんでマフィアなんてやってるの?」
「へ…」
雲雀の言葉に、ディーノはふと手を止めた。
なにを、と思うも、雲雀の目は至って真剣。
雲雀は、初めから思っていたことだった。
最初に触れられそうになったときも、触れることを許してしまった今も。
彼の職業には似合わない、感じるのはその手の優しさ。
「なん、で…って、えーとだな、あの…」
「見た目…も、向いてるとは思わないんだけど。その入れ墨は赤ん坊が?」
「あー…まぁ、そんなもん、だな」
「そう」
そこまで言って、雲雀は視線を逸らした。
髪は、ディーノの指に遊ばせたまま。
視線を逸らしているから、雲雀は気づかない。
ディーノが浮かべた微笑みに。
やはり猫だ、と、彼が確信したことに。
「恭弥」
「なに」
「さっき、言いかけたこと」
「いいよ、もう興味ない」
「いいから聞けよ。……猫みたいな、おまえ」
ディーノの言葉に、雲雀はきょとんとしてみせて。
「……あなたに言われたくないな…」
そう、ぽつりと呟いた。
そっけない言葉とは裏腹に、わずかに赤らんだ雲雀の耳。
その意味に気づいたディーノは思わず笑みを浮かべて、雲雀の髪を乱暴に乱した。
やっぱり猫だ、おまえ。
ディーノに髪を乱されながら、やはりその手の優しさに、雲雀は思う。
「ねぇ」
「ん?」
「やっぱりあなた、向いてないよ」
優しすぎて、似合わない。
fin.
06.06.13