優しい手     06.06.13





「ちょっと、触らないでくれる」

緑たなびく並盛中、その屋上。
さきほどまで争っていた影は、どうやら小休止のようだ。

「冷てぇなあ、恭弥」

触れようとしたその手を、雲雀恭弥は払いのけた。
イテテ、なんて嘯きながら、イタリア男・ディーノは困った笑顔になる。

「あのね、僕はあなたに名前を呼ぶ権利を与えた覚えはないよ」
「いーだろ?いい名前じゃん、恭弥」
「褒められても嬉しくない」

つん、と尖ってみせるのが、ディーノから見れば正に猫だ。
気位が高くて、実に気まぐれ。
寄っていけば離れるのに、離れていると寄ってくる。
それでは、と構えば、やはりすぐに離れていく。

けれど、とディーノは思う。
そんな猫が懐いたときの、高揚感はたまらないのだ、と。

「ちょっと、一人でニヤつかないでよ、気持ち悪い」

指摘されて、苦笑する。
どうやら顔に出ていたらしい。

「なぁ恭弥」
「なに?」
「おまえってほんと、」


猫みたいな。
…と言ったなら、きっと頭と胴が離れるだろう。


「…なに?」
「いーや、なんでも。」
「咬み殺すよ?」
「うわっ、危ねって!」

手放されていたトンファーがいつのまにか握られていて、ディーノは慌てて飛びのいた。

「あなたが変なこと言うからだよ」
「わぁるかったって。ほらもう武器放せよ」
「……ふん…」

ちらりと冷たい一瞥をくれて、
雲雀はロマーリオが差し入れた清涼飲料水に口をつける。
上向いた端整なつくりの顔に、伏せられた瞳。
意外に睫毛が長いことを、そこで知る。
風に遊ばれる髪に触れてみたくて、ディーノはもう一度手を伸ばした。

「…なんのつもり?」
「…髪、やわらかいのな」
「あなたの方がふわふわしてると思うけど」
「そうか?」

ふわりと笑うディーノに、雲雀はわずかに目を細める。

「ねぇ」
「ん?」
「なんでマフィアなんてやってるの?」
「へ…」

雲雀の言葉に、ディーノはふと手を止めた。
なにを、と思うも、雲雀の目は至って真剣。
雲雀は、初めから思っていたことだった。
最初に触れられそうになったときも、触れることを許してしまった今も。
彼の職業には似合わない、感じるのはその手の優しさ。

「なん、で…って、えーとだな、あの…」
「見た目…も、向いてるとは思わないんだけど。その入れ墨は赤ん坊が?」
「あー…まぁ、そんなもん、だな」
「そう」

そこまで言って、雲雀は視線を逸らした。
髪は、ディーノの指に遊ばせたまま。
視線を逸らしているから、雲雀は気づかない。
ディーノが浮かべた微笑みに。
やはり猫だ、と、彼が確信したことに。


「恭弥」
「なに」
「さっき、言いかけたこと」
「いいよ、もう興味ない」
「いいから聞けよ。……猫みたいな、おまえ」

ディーノの言葉に、雲雀はきょとんとしてみせて。

「……あなたに言われたくないな…」

そう、ぽつりと呟いた。
そっけない言葉とは裏腹に、わずかに赤らんだ雲雀の耳。
その意味に気づいたディーノは思わず笑みを浮かべて、雲雀の髪を乱暴に乱した。


やっぱり猫だ、おまえ。

ディーノに髪を乱されながら、やはりその手の優しさに、雲雀は思う。

「ねぇ」
「ん?」
「やっぱりあなた、向いてないよ」

優しすぎて、似合わない。


fin.



06.06.13